鯉釣り日記2022年 寂し秋空

釣行日時 10月15日14時~
10月16日18時 
釣行場所・ポイント名 新川

 秋のディスクで上書き保存したのは夏の釣行記。まだ公開していないそれは、読み返せば鮮明にあの夏を思い起こすことができる。終わらせなくない夏は、当たり前でありながら、残酷に思える程早く終わった。でも私の心はまだ夏から抜け出すことができていない。夏の釣行最後の夜に振り切ったつもりであったのに・・・。気持ちをおいてけぼりにされたまま、時計は何度一周したのだろうか。宇宙という大きな時計の針の上に乗ることが出来たなら、引っ掴んで動きを止めてやりたい。

 9月なんてあって無いようなものだった。釣行記を書く時間すらもをも空けてくれない、あっという間のひと月。気づけば、迫りくる冬が予行演習をするかのようにして雪虫が舞っている。あと一度でもいいから秋の釣りをしよう。でなければ、終わってほしくなかった夏の思い出が、亡霊のように私の後ろ髪を引いて気持ちを進めてくれない。

 10月に入ったが、幸いここ数日は気温が落ちていない。だが週を跨げば一気に寒くなる予報だ。この週末はチャンスだ。今回は独りゆっくり時間を使おう。13時、ガソリンを入れたばかりの車の前をモンシロチョウが飛んでいった。彼が今年最後に見る蝶になるかもしれない。

 フィールドはすっかり熟れた色をしていた。車の音が絶えない都市河川だが、ここの熟れた景色は嫌いじゃない。


 さぁどうしようか。去年ここに来た時より秋は深まっている。この川なら魚影は心配しなくてもいいだろう。だが渋っているはずの鯉の口を使わせるには?

 14時。気温18℃、水温15℃、中潮がまもなく上がり始めるタイミング。できれば一発で大きいのを出したいので、フィーディングなしでボイリーを入れてみようかと思ったが、やはり活性が下がりつつあるこの時期、口を使うきっかけ作りをした方がいいかもしれない。

 取り出したのは、前回吉川さんから頂いた特製のコマセ。繋ぎに「鯉バラケ」を入れ、軽く粘り気を出してベイトロケットでポイント下流に少量を投下。その優しく繊細な香りのコマセにコーンやペレット、ボイリーなどの固形物は入れず、香りを川の中に漂わせる。炒られた穀物の粒子が底に落ちて鯉の味蕾を刺激し、口を使わせて、その延長線上に喰わせがあるという形を取る。


吉川さんから頂いたコマセを使って


 今回は植物性のボイリーを使う。一番竿にメインラインベイツ「バノフィ15mm」ダブル、二番竿には前回釣行で平さんから頂いたダイナマイトベイツ「ストロベリー20mm」をセット。PVAには同じボイリーとそれらを粉末状にしたものを入れておく。

オモリ部:(セイフティーボルトシステム)
ユニット:シンキングリグチューブ50センチ、コバートテールラバー、カープセイフティレッドクリップブラウン
オモリ:スパイク30号 カモフラージュ

仕掛け:(ブローバックリグ)
ハリス:エジスカモテックスマット25lb(ブラウン)
針:伊勢尼14号

エサ:(ボイリー)
ダイナマイトベイツ 「ストロベリー20mm」
メインラインベイツ 「ハイインパクト バノフィ15mm」

 今回は粉末状のものを中心とした寄せエサを採用した。その理由はウグイ除けである。

 ウグイは鯉よりも尖った吻をしており、ある程度の大きさを持った「固体」に反応して食っている。例えば、匂いや味の無いルアーやフライでよく釣れるのはそのためである。鯉は、脳の「迷走葉」、「顔面葉」というエサの判別や味覚情報を集める器官が発達しており、味蕾のついた口ヒゲなどで細かい粒子でもエサか、そうではないかを判別できる。創成川での観察でよく見られた、ダンゴがバラけきって視認できなくなるような状態になっても寄って来ることが多いのはそのためだと考えられる。また多くの鯉師が知ってのとおり、鯉はウナギ属の魚類には劣るが、「臭球」が発達し、匂いからも様々な情報を得ているため、匂いとエサとして認識できる細かい粒子があれば寄せることができる。言ってみれば 「このへんの水底には味がある」 程度に認識させれば、摂餌行動を開始し、その延長上に食わせがあれば食ってくる可能性がある。一方でウグイの行動を観察すると、鯉よりも遊泳速度が速く、底を啄むのも雑だ。鯉ほどに細かい粒子に反応し、丁寧に食うという行動は見られず、ある程度の大きさを持った獲物を見つけて食っている傾向がある。つまり、コーンやボイリーなどの固形物はウグイの標的になりやすい。過度なフィーディングをすると、ウグイが標的が多く存在することに気づき、片っ端から攻撃する。夏の第二Nダムや、Pt.フラワーロードなどで大型のウグイが頻繁に掛かってしまったのは、固形物のフィーディングを派手に展開させてしまったためだと考えられる。鯉よりも先にウグイに食われ、結局撒いた固形物を無駄にしたのではないだろうか。

 ならばと思い、今回は細かくてウグイに標的にされにくい粒子を多く使い、固形物の使用を出来るだけ少なくした。もちろん、食わせのボイリーだけがポツンとあるだけでは、鯉もそれを見つけてくれない、またはエサとして認識されない可能性があるため、PVAには砕いて粉末状にしたボイリーと一緒に砕いていないボイリーも入れた。


PVAにも砕いて粉末にしたボイリーを入れる

 下流には水草などの障害物が散見できる。明るいうちにそれらをチェックし、掛かった鯉がそれに向かって走ってゆくことを覚悟する。最初の投入は14時半頃となった。私にしてはスムーズに準備を完了させることができたと思う。

下流には障害物が多く存在する セット完了

 投入から1時間半後の15時30分頃、一番竿にヒット。ファーストランの短さに物足りなさを感じたが、やはり下流の障害物に向かっていく。難なくそれをかわし、ランディングしたのは72cmといったところ。

 潮は中潮の上げ一分だ。若干ラインが傷んでいる部分を見つけたので一度仕掛けを分解し、再セット。その途中、「釣れましたか?」 と男性に声をかけられた。話はじめると、十数年前に北五番橋でお会いしたことがあるTさんだった。九州の高橋さんとは共通の知り合いで、すっかり雰囲気が変わってしまった私に驚いた様子だったが、話は弾み、Tさんもこれから上流で竿を出すといって別れた。


投入一時間後にバノフィにヒット 72センチ程

 1時間が経過した16時30分。二番竿のラインが少し動いたが、空アタリに終わってしまった。そして回収しようとするとなぜか仕掛けが動かない。根掛かり?こんな場所に障害物などあったか?ラインを切り、また仕掛けをセットして軽く、先程よりも若干遠目に投げたがまた根掛かりしてしまった。今までこんなことはなかった。針を付けていないオモリを投げ、底を引きずるがガタガタといった感触だけが返ってくる。何に引っ掛かるのだろうか。

 もう辺りは暗くなっている。これ以上仕掛けを失くしたくないし、ポイントを変えよう。さっきヒットした鯉は下流の掛かりへと走った。下流には1本木があるため、それより下へは竿を持って足で追うことが難しくなる。ならば木よりも下流、そして入られると最も面倒なことになりそうな掛かりの前で竿を出すことにした。車からは17m程離れてしまうが、最初に行ったフィーディングもこの範囲なら十分に届き、効果があるはずだ。何だかんだと動いていたらあっという間に18時を大きく回っていた。

あえてやっかいな障害物前に移動 再セット完了

 寒くなるのを先回りして上着やマフラーなどで身を包んだが、気温の低下はゆるやかで10月半ばとは思えないような暖かさだ。19時になっても気温は15℃までしか下がっていない。寒くもなく、当然暑くもなく、空は高いが飛ぶ渡り鳥はない。空気を彩る虫の声もせず、唯々橋の上を車が流れてゆく。特徴がないのもまた特徴か。

 車の横に広げた椅子からは、竿がある17m先は暗くて見えない。だが20時33分、アラームのランプがその場所に賑やかに飾られた。二番竿のストロベリーにヒット。左に大きく引き込む動きを見せたが、そこからはあまり走ろうとしない。竿に一定のテンションをかけ、距離が勝手に詰まってくるのを待つ。姿を現したのはなかなかの重量があるとみられる鯉だった。たがあまり長さは期待できない。降参のサインを出した鯉を計測してみると、全長は74センチだった。リリースはタモで行うのが好ましい。網の中で姿勢を整え、ゆっくりと呼吸させ、落ち着かせてから網の出口へと誘う。


2匹目 ストロベリーにヒット 74センチ

 ヒットした二番竿のエサを付け直すと同時に、一番竿もエサ換えをする。バノフィには特に異常は見られず、小さな魚達に遊ばれているということもないようだ。

 そしてエサ換えから約30分後、一番竿から唸りの声が聞こえた。手前に草があるので、ある程度ラインを出させたままドラグを締め、沖の方で浮かせてやる必要がある。今回はそれに成功し、難なく上げられた。背中が曲がっているが、三匹目は80を越えている。それをリリースしようと腰を上げたところで一番竿にもヒットしてしまった。どうしようかと迷ってる暇もない。リリースのために三匹目にタモに戻ってもらったところだが、もう一度タモからマットに下ろし、四匹目を相手する。今度の鯉も手前の草より沖で浮かせられたが、残っていたスタミナで草に潜ろうとした。まずいかと思ったが、奥に潜られるようなことはなく、あとは大人しくタモに導かれた。サイズは三匹目より少し長い84センチだった


80台が同時ヒット 3匹目82、4匹目84

 80台が同時ヒットしたことは実に喜ばしい。更なるサイズアップの期待をするが、アタリが止まってしまった。そのまま3時間が経過。月が出て、掠れて見えないようで辛うじて見える星空。そろそろエサを変えるか…。

 両竿ともボイリーが何かに齧られた痕を残して返ってきた。しかしリグから消えているというわけではない。アタリが止まってしまったのは寄せエサ切れによるものか…。少しコマセを追加してみよう。ベイトロケットに、猫の尻尾を悪戯で掴むくらいの優しいタッチで握って纏め、ポイントの少し下流に三発打っておいた。続いて新しいボイリーをリグに装着してこれまで通りの距離に投げ入れる。アタリがない中でも、時折体重のある鯉が跳ねる音が聞こえていた。まだまだチャンスはあるだろう。気温はここに来て低下し、温度計は8℃を指している。それでも風がないという状況に守られて、まださほど寒いとは感じない。この時期の夜に防寒ジャンパーを着ないで過ごすのは初めてかもしれない。


アタリが止まってしまった。コマセを少量追加

 無駄に通気性の良い私のテントでこの時期の夜を越すのは少々辛い。今回は車中泊をすることにする。すっかりアタリのなくなった釣り場。しばらく寝ても大丈夫そうだ。やはり車の天井は低く、天井のバーにかけている竿に何度頭をぶつけたか。月明かりがカーテンの隙間から覗き込む。横になり、そのまま落ち着いて。するといつの間にか眠りの世界に落ちていた。

 潮が上がり切る少し前の午前3時。一番竿が私を呼んでいる。車の中だとどうも勝手が悪い。少し時間をかけてたどり着いた釣場。弱ったヘッドライトに照らされて、ラインの減らされたスプールが見える。アワセを入れ戦闘開始、次はどんな奴だろうか。そう思ったところで感触を失った。スッポ抜け。この仕掛けのバランスで、今まで一度もなかった事だ。不敗神話に傷がついてしまった。今度はこれまでダブルだったバノフィ15mmをシングルで試してみる。寝袋から出たての体はさすがに寒さに震えた。早いとこ戻ろう。

今回は車中泊で 一番竿のバノフィをダブルからシングルに

 いくらシートを倒してフルフラットにしても、当たる段差で背中が痛い。午前5時頃に目を覚ました。満潮を過ぎて30分程のタイミングだ。眠っている間、ここまで両竿ともアタリがなかった。ここで一番竿のボイリーを変えてみることにする。植物性のボイリーで通そうと思っていた今回の釣行だが、頑固になることもないだろう。動物性のクレイブ18mm+ソース15mmポップアップのスノーマンに変更して試してみる。二番竿はストロベリーを続行するが、これまでより少し沖目にキャストする。ここから昼過ぎまで潮が下がってゆく。何かしらの変化を掴みたい。


アタリが続かない 一番竿のボイリーを動物性に

 秋の朝のこのフィールドの光景は、相変わらず好ましい。自然に囲まれて、土や木の香りを嗅いで…などと私が望むシチュエーションでは全くないが、これはこれで好きなのだと気づかされる。

 8時、潮が下がり始めたところだろうか。車の荷物整理をしていると二番竿からのアラームに手を止めさせられた。これまでの鯉より抵抗凄まじく、重みもあるので少し期待したが、上がったのは74cmとサイズは一匹目と並んだ。リリースされ、ゆらりと去る姿。普通の人がこの鯉の泳ぐところを見れば、その存在感に圧倒され、驚くことだろう。

夜は穏やかに明けた  二番竿にヒット 74センチ サイズは一尾目と並んだ

 8時半を過ぎて東南東の風が私の背後から吹きはじめた。風速2メートルといったところか、体感温度は下がることだろうから、上着の類いは着たままにしておく。

 水面を照らす日光が川を煌めかせ、それが水色の橋の側面に反射し、川の紋様を描いている。空にはもう見られなくなってしまったと思っていたトンボが時折軽やかに飛んでいく。こんな都市河川の片隅に、寒い夜を幾つも凌いだ者達が生きている。最後に川に来られ、彼らの姿を見る事ができて良かったと思う。

 独りゆっくりと、過去を振り返り、今の話へ繋げてゆく、そんな心の整理をして自分の世界に入っていた。もしかしたら独り言でも呟いていたかもしれない。そんな中、受信機のアラームにはっとさせられ、二番竿にヒットしたことを知る。10時45分。水草帯に潜れはしたが、ここの水草は細く平たい葉が並ぶ形状になっているもの。カモンバや金魚藻のように絡まってくるようなものではないため、楽に引き出すことができた。サイズは75といったところか。

二番竿にヒット  水草の中から抜き出して安全圏へ
鯉とのコミュニケーションは大切にしたい 75センチ この川としてはまぁまぁといったところ 

 我々鯉師は、鯉を持って帰ることよりもキャッチ&リリースをすることが多い。特に北海道では淡水魚を食する風習が少ないため、ほとんどの鯉師が鯉をリリースしている。リリースするとは 「逃がす」 ことであり、けして 「いらないから捨てる」 ではない。逃がした魚が安全に水中へ帰り、その後も生きて成長できるよう、出来る限りのケアをすることである。リリースした後に、釣られた事が原因で死んでしまっては意味がない。最近ではアンフッキングマットなどで暴れる鯉の体表を地面で傷つけないようにするというケアが行われているが、そのあとの鯉を放す時の体内面のケアも考えていきたい。

 鯉には浮袋 (膘) があり、浮力の調整を行いながら、音波を反響させて、接続されるウェーバー小骨で内耳に伝える、という音を聴くためにも大切な器官である。

 ヒットした鯉は沈下、浮上を繰り返し、また陸上へ上げられることで浮袋の内圧変化は激しいものだと思われる。鯉は開鰾魚であり、空中からガスを気管を通して取り込む。リリースされようとする鯉が横を向いて浮き上がる、沈んでしまうことがあるのは、陸上での空気の過剰摂取、過剰排出による内圧バランスの崩れ、また浮袋を構成する筋肉細胞、接続される神経、骨、内耳の疲労から円滑に動作せずにガスの内圧バランスが悪くなり、平常遊泳ができない、また平衡感覚が保てなくなっているためではないかと考えられる。

 これらのことから、まずリリース時は鯉を水中へ入れ、横になるようであれば起こして正しい姿勢にした状態で落ち着かせる。そのとき鯉は人間の手を振りほどき泳ぎ出そうとするが、それをただ回復したと考えるよりは、人間から逃げることだけを重視して暴れているだけであり、必ずしも回復したというわけではないとみた方が良いのではないだろうか。空気の過剰摂取、過剰排出、浮袋の筋肉細胞、その他組織が疲弊しきった状態で暴れさせ、放すと、浮袋の内圧調整を十分にできないままになり、後に転覆病などの障害が残ってしまう恐れがある。

 近年私はタモを使ってのリリースをするようにしている。タモの中に入っていれば、「人間から逃げることだけを重視しての回復を待たずに放れる」ということをこちら側から制御できる。タモの中で落ち着かせてゆっくりと呼吸させる。空気の過剰摂取をした鯉は、この時に内圧調整のガス抜き (泡付け) をして口から泡を出す。鯉が暴れなくなり、正常な体勢でゆっくりと泳ぐ動作をするようになれば、ひとまず安心してタモの出口へ鯉を誘導し、放してよいと考える。


 もちろん、うまくタモリリースができないシチュエーションは多くある。かといって、鯉を高いところから放り投げるなどの放し方をすると、水面に直撃したショックで浮袋などを痛めてしまうのではないだろうか。考えすぎと言われればそうなのかもしれないが、気を付ける、気を使うことに越したことはないだろう。

タモでのリリースを理想と考えている 落ち着いた呼吸をさせ回復を待ってから網から放す

 まだ少し横たわりたいと体が言う。車のシートは倒したままだ。ここで少し目を瞑ることにした。眠ってはいないが意識ははっきりしていない。そんな状態で、潜在意識の中では多分開けた窓から入ってくる風が心地よい…なんて感じていただろう。そんなときに刺激的な電子音が車の中で、外で聞くより、テントの中で聞くよりも、より一層大きく空間に響いた。

 かなりラインを出されている。スプールに指を翳しながらドラグを絞めて応戦すると、魚が大きく水面を揺らした。対岸まで行かれている。こういう時はどんなポジショニングを取ればいいんだっけ?魚はこちらを向き、次にやはり左へ向かった。足場からの距離はかなり遠い。このまま草に潜られたら出せるだろうか。竿によって引き寄せられた魚は手前の草に潜る。歩いて左へ魚を追い、そこに足場があればそこでランディングできるが、足場としたい場所には棘のあるハマナスの木がなどが点在している。やはり釣座から引き寄せた方がいいか。竿を横にし、テンションをかける。幸い魚はかなり弱っている様子で、ここから掛かりに深く潜ることはないだろう。水草の切れ端が絡むラインを巻き取り、魚を手前まで寄せることに成功した。タモに入った鯉は83cm。今釣行3匹目の80台だ。ここまで二番竿へのヒットが続いている。夏まで好釣果を得ていた動物系スノーマンよりもストロベリーの方に集中してアタってきているのはやはり季節がらなのだろうか。しかしストロベリーは前回釣行でも使っているため、残りはもう少ない。


7匹目 83センチ 今回3匹目の80台

 正午を過ぎ、もうそろそろ干潮になる時間だ。今日の気温の高さは想像以上で、いまは半袖のTシャツを着ている程だ。柔らかな羽を持ち、柔らかな飛び方を見せるモンシロチョウこそ見なくなったが、寒さに強いモンキチョウが辺りを飛びはじめた。彼らの、鮮やかとは言えない黄色が逆に秋のフィールドによく似合う。でもやはりこれが最後になってしまうかもしれない。この秋の暖かさに体を許して油断していれば、いつ寒さに襲われるかわからない。


10月半ばだが、半袖で過ごせる程に暖かい

 またアタリが止まってしまった。干潮を過ぎ、いまは上げの一分か二分だ。昨日のファーストフィッシュは上げの一分で食ってきた。別に悪くはないと思うのだが…。

 14時30分。一番竿と二番竿で投入距離は変えずに、ボイリーのみを交換してみることにした。ここから一番竿はストロベリー、二番竿をソースポップアップのスノーマンにする。水温は17度まで上がっていた。

 15時30分。 コーヒーを飲みながら17m向こうの竿を見ていると、青のスウィンガーが上がるのが見えた。やはり植物性が強いのかストロベリーの一番竿にヒット。しかしこの鯉は少しやっかいだ。ファーストランこそ沖に走ったが走る方向は左。また上手く草をかわせるといいが…。左に向いたまま寄ってくる鯉。そしてその動きが突然止まった。これ以上寄ってこない。竿を上下に振り、草切りを試みるがビクともしない。何に巻かれた?

 竿を持ったまま土手を上がり、鯉がいるところまでリールを巻きながら行ってみる。土手は草藪だが、幸い服や肌を傷つけるようなものではない。草を踏みながら足場を探し、なんとか水辺まで下ることができた。さっきとは逆方向からラインを引いてみるがやはり動かない。どうするべきか、一度ラインを緩めて待ってみる。すると水面に鯉が現れた。同時に流木が見え隠れしている。道理で動かないわけだ。これに巻かれているのなら、鯉も出ように出られないのだろう。流木の恐ろしさは知っている。

下流に走った魚は水草帯の中で動かなくなった 竿先の真下 流木があり鯉が巻いている

 竿を置いて釣り座へ走り、タモを持っていく。そしてタモの枠で流木を割り、なんとか魚を解放できた。あとはネットインするだけだ。上がったのは71cm、小顔でオレンジ色が映える個体だった。ハリスは流木に擦れたことでコーティングが剥がれていたが、ラインはリグチューブが守ってくれていた。上がってくれて良かった。


流木から抜き出し、なんとかゲットできた

 さて、これまでほとんどのアタリを取っているストロベリーは残すところあと一粒になってしまった。それをリグに装着し、PVAにはフレッシュフルーツワンの余ったものを入れて再投入。釣行の残り時間は二時間だ。きっと次がある。次があると信じていく。


ほとんどのアタリを取ってきたSB最後の一粒

 16時47分。やはり一番竿のストロベリーに来た。手応えはこれまでに比べてかなり軽く、サイズダウンと思われる。だが折角の鯉とのバトルを粗末にしたくない。どんな奴でもいいんだ、私が本気で向き合える鯉という相手ならば。丁寧にもてなしてやると鯉はすんなり上がってきた。と思えばランディング後に暴れるタイプだった。サイズは最小の 68cm。口には無傷のストロベリーがぶら下がっている。無駄にはしない。これを少し洗ってからもう一度使う。アタリボイリー最後の一撃だ。PVAにはフルーツワンを入れるがこれももう最後だ。

9匹目 やはりこれもストロベリーで 最後のストロベリーは無傷 またこれを使う

 17時。橋のライトが灯った。あぁ、終わってしまう。前回の釣りのように明日はないのだ。あの釣行のせいで一泊二日の釣りがとてつもなく短いものに思えてしまうではないか。暗くなりゆく空。秋の夕方になると覚える焦りに似たような不思議な感覚。撤収準備のために再びランタンを点け、ヘッドライトも被っておく。これが今年最後の釣行になるだろう。 「寂しい」 それが頭に出てきた明確な言葉だった。

 18時、バイトアラームの電源を切って納竿とする。10匹目は達成できなかったが、私の釣果としては80台を3本出せただけで良しとできるだろう。一匹のカンタンが掠れた声で鳴き始めた。変わってほしくない色、聞こえ続けてほしい声。それを拝めるのも今日で最後だ。いつまでも、なんておとぎ話の世界は現実にはない。あれもこれも、いずれ日常生活を送っている間に消えてしまう。佇む手稲山も、もうそろそろ白化粧を纏うだろう。今回、このような釣行ができ、このような釣果で纏まってくれたのはありがたい。実に有意義な26時間だった。あとは大人しく、来年の野望でも企むとしよう。