鯉釣り日記2022年 祖父の命日

釣行日時 6月25日15時~
6月26日7時 
釣行場所・ポイント名 フラワーロード

 蝦夷梅雨をしのげる屋根の下に入ると、波紋が広がる足元の水たまりが目に入った。ポツラポツラと雫が落ちては花火のように広がっては消える。これがまるでアートのように思えるのは、心に余裕がある証拠だろう。デフォルトモードをうまく使い、なんとかやっている毎日。明日は釣行。そして大切な日でもある。戦慄く体に血の怒涛が聞こえてきそうだ。

 4年前の今日、母方の祖父が亡くなった。酒飲みだが紳士的な人間で、私が釣りに熱を出し始めた小学校高学年の時、ロッドバッグを背負った私を自転車の荷台に乗せ、野幌川や厚別川に連れて行ってくれた。それがどれだけ楽しかったか。私が40オーバーの大きなウグイを釣ったことを、私の級友に自慢げに話していた姿が目に浮かぶ。

 病床で目を瞑った祖父の背中に手を入れるとまだ温もりが残っていた。ベッドとの隙間に手を入れ、その温もりを感じ取り、受け継いだ。力は貰った。祖父は仕事の鬼であったと聞いた。祖父から受け継いだ力は、悪いけど釣りに使わせてもらう。私は釣りの鬼となる。祖父が好きだったサクマ式ドロップスのフレーバーの線香を立て、手を合わせた。

 それから4年、少し年をとった私は今回初めて竿を出すフィールドを見霽かす。知ってはいたが来た事はなかった。どのように釣りを展開していけばよいのか。出発前につけてきた願掛けのアクセサリー。同じ引き出しに入れていた祖父の遺品を手にし、今回の釣運を願おうかと思ったが、変に神格化して願掛けに使うのもクサすぎる故やめておいた。あの日貰った温もりの力だけで十分だ。

 中潮の下げ4分。降り続いた雨の影響があって水が多い。まずは底探りからだろう。いつでも取り出せるように、フロートを装着したまま車の天井のバーに載せてある振り出しロッドを取り出す。


初めての場所ではまず底探りを

 50メートル程投げると水深は3.9メートル。浅い泥、いや砂か。距離40メートルでは水深が4.5メートルと深くなり、少しカツリという感触が返ってくる。そこからこちらへしばらく引いてみるが、距離20メートルまで水深に大きな変化はない。距離15メートルでは水深4.2メートル。ここから急に浅くなり距離10メートルで水深3.3メートル。ここから大きなカケアガリとなり、手前8メートルから水深1メートルで底は岡﨑式単床ブロックが敷かれている。

 狙うとなればまずは手前のカケアガリからだろうか。カケアガリ下から少し離した距離15メートル、水深4.2メートルライン。このラインにマーカーフロートを浮かせフィーディングをする。今回も竿は二本。それぞれのポイントには「鯉夢想」とペレット7mm、ボイリーをベイトロケットで投入した。

右も左もわからない場所なのでフィーディングを とりあえずパウダーとペレット、ボイリーを投入

 エサは引き続きクレイブを使う。今回は一番竿にクレイブ18mmダブル、二番竿に18mm+15mmのスノーマンを使う。水面は静かなもので跳ねやモジリが少ないようであるが、魚がいないことはなさそうだ。むしろ大きなウグイが多く生息していそうな雰囲気がある。集魚性の強いクレイブを使うことに不安を覚え始めるが、とりあえず仕掛けをポイントに入れてみることにする。仕掛けは前回釣行から変えていない。

 セットを終えようという頃に、自転車でつるたろうさんが釣り場を訪れた。つるたろうさんは先日千葉から北海道に来ていたMiyokawaさんから私へのお土産を預かっていたようで、受け取ったのは千葉名産の落花生だった。これはありがたい。このアタリ待ちの友にしようかと思ったが、これは落ち着いた環境でゆっくり味わいたい。釣行終了後に家で楽しませてもらおう。

今回もクレイブを使う PVAと共に 千葉のMiyokawaさんからのお土産

 15時時点で気温28℃、水温22℃。買い物をしてきたスーパーでは食中毒を注意する放送が流れていた。このフィールドは大きな橋の下となる。竿を出すのは下流右岸であり、向かって右側に橋があり、その下であれば日照りを回避することができる。新しく買ったツーリングテントは通気性こそ良いものの、遮光性が期待できない。テントも橋の下のトンネルに立てることにした。

セット完了 橋の下のトンネルにテントを

 やがて橋にオレンジ色の街灯が灯った。釣り場右手は橋や車のライトなどで明るいが、轍と木々が生い茂っていている左手は虫が鳴かないこの季節、かなり静かだ。なかなか不思議な雰囲気の場所ではないか。しかしやはり橋の下となるとエンジンやガタンと大きく轟く人工物の音からは逃げられない。夢想に集中しようにもそれらが邪魔をして、なかなか釣行記の筆も進まずにいる。あんまり…私の好みの場所ではないか?まぁ、よしとしよう。初めての場所だが、釣れる気はしている。シチュエーションが悪いから…とか、贅沢ばかり言っていると釣れるものも釣れなくなってしまう。

 19時。祖父が亡くなった時刻だ。思いを馳せていると、一番竿のアラームが私を呼び出した。重くもなく軽くもない感触。そしてその予想通りのサイズの鯉が、ヘッドライトの輪の中に現れた。70センチといったところだろう。初めての一投目で、さほど時間をかけずに一尾目をゲットできたことで釣れるという確信を得た。


初ポイントでの一尾目 70センチ

 20時。西の空が色を落とした。気温の低下はさほどないが、南東の風が強い。潮はここで干潮となった。コンロに入れた火を煽ぎ、網をセットする。食事のため、というより炭火の香りを鼻にするために出したようなものだ。パチパチと弾ける炭の音が心地よい。そろそろ肉や野菜を乗せてもよい頃だろうというタイミングで二番竿のアラームが反応した。

 この鯉も同じくらいのサイズだろうか?だが引く力はこちらの方が優れている。鯉はまずこちら側へ向かって走ってきたため、リールのハンドルを使ってテンションを保持する。魚は一度カケアガリの下へ突っ込もうとしたようだが、ここから進路を変え、釣り場左手に広がるワンド状になっているポイントへ旋回し始めた。立ち位置的にも投入が難しくなるポイントであるため底探りをしていないが、鯉がそちらへ向かおうとするということは何かあるのだろう。竿を絞り鯉の推進を止める。やがてギブアップのサインを出した鯉が左手から流れるようにこちらへ寄ってきたので、タモで確保する。サイズはなんとか80のメモリに届いている。丸みを帯びた尾びれが特徴の鯉だ。

グリーンのランプ 二番竿にヒット 2匹目 上尾鰭が80をわずかに超えている。

 すっかり火の通った炭に肉を乗せていると今度は一番竿が反応した。アラームは一度強く鳴ったが、そのあとはだんまりを決め込んだ。これはウグイだ。やはり多いのだろう。竿を手にしてみると案の上の感触。40センチほどのウグイが暴れまわりながら上がって来た。ボロボロになったボイリーを交換するため、仕掛けをベースに持ち込んでセットしていると、また二番竿のアラームが橋の下という空間に鳴響した。今度は鯉。しかしちょっと待ってくれ。セットしかけの一番竿の仕掛けをいったん置き、土手を駆け降りる。ここの鯉は掛かってからこちら側へ向かってくるものが多いようだ。スウィンガーは垂れ下がり、ロッドポッドに乗ったままのリールを巻くと、竿先がガツンと弾けるように呼応した。しかし竿を持ってみるとかなり感触が軽い。ウグイなのか?いや、それにしては引きが強い。これは小さな鯉だ。いくらなんでもサイズダウンしすぎだろう。40センチ程の鯉がタモの中で大人しくしている。こんな鯉を釣ったのは何時ぶりだろうか。

やはりウグイは多いようだ 3匹目 いくらなんでもサイズダウンしすぎ

 両竿とも投げ直し、セットを完了させると、この連続アタリのおかげで面倒を見切れなかったコンロの上で肉が焦げている。今夜はこれで終わりではないだろう。絶対に次が来る。そして焼きあがったホルモンを皿に取っているところにもう次の魚信。慌てて箸を置き対応する。一番竿にヒットした次の魚も、一気にこちら側へ向かってきたかと思うと、一尾目と同じく左のワンドへ入ろうとした。あまり向こうへは行かれたくない。フッキングが決まっていることを信じてパワーファイトでこちらへ寄せる。こちらが攻撃的な動きを見せると魚もまた暴れ出す。締めたスプールを回し、猶もワンドへ向かおうとする。見事なファイトだ。本気で私に抗った鯉を称えながらタモへ誘導する。サイズ73センチといったところか。

 一番竿の仕掛けに新しいボイリーを付けるべく、ベースのタックルボックスのファスナーを開けているところに次のアタリ。さっきから片方の竿を上げて作業していると、もう片方に来る。なんて忙しい夜だ。まさか夕食にほとんど手を付けられないほどになるとは思いもしなかった。

 竿に伝わってくる感触から、これまでよりも魚が重いことが分かった。サイズアップなるか、と思いきや70台で先の5匹目と大差ない大きさだった。丸々とした個体で、マットの上で腹を下にして立ってしまうのが可愛らしい。

4匹目 ナイスファイトの73 5匹目 重量のある70台

 最初に撒いた寄せエサは食いつくされているだろう。それでもアタってくるのなら追加でベイトロケットを飛ばしたりする必要はない。PVAバッグだけで十分だ。これからまたせわしなく動くことになるような気がする。いまのうちに夕食を食べてしまおう。

連続アタリですっかり焦げてしまった やっと夕食にありつけた

 もう時刻は22時を回っている。気温の低下はそれほど感じないが、かなり湿度は上がっている。釣行記を書くA4用紙。ボールペンの先が湿ってけばれている。そして止まらないアタリ。6匹目は2番竿に来た。こちら側へ走っている魚のおおよそのサイズは分かっている。60台、70まではいっていないだろう。ワンドへ向かっていくモーションは見せずジリジリと体力を削るファイトができた。65といったところか。間髪入れずに1番竿も反応を示しだした。あぁ、こっちはウグイだ。抜き上げるには少し重たい魚体。タモを差し出して45センチほどのウグイを引き上げる。こんな魚でも、あの当時の祖父に見せたら何と言うだろう。立派な魚だと褒めてくれる気がする。

6匹目 65センチ こんなウグイばかりがアタってくる

 休んでいる暇もない。両竿をセットし、ロッドポッドに預けてから間もなく2番竿のラインが走りだした。今度の鯉は一度沖に走った後、テンションをかけるとすぐにこちらへ向かってきた。まだスタミナは残っているはずだ。「いいよ、ほら走ってみろよ」強めに締めたドラグが回る。こいつもなかなかやるではないか。目の前に現れた鯉はこれまで釣ったものより銀色っぽく、スマートな体形のものだった。鯉はまだやる気だ。顔を水面に上げ、空気を吸うのを待ってやる。そろそろか、タイミングを掴み、タモで捕える。これもまた70センチほどだ。

休む間もなく2番竿にアタリ 7匹目 なかなかのファイターだった70センチ

 PVAは作り置きしておこう。いちいちPVAを引っかけて投入しなくてもよいのでは?とも思うが、これでアタリが連続しているので、スタイルは変えずにいく。さぁ、またアラームが私を呼んでいる。次はどんな奴だろうか。重みはある、しかし首の振り方はこれまでより小さいものと予想できる。8匹目は長さに比べて体重のある60台だった。

 一番竿の再セット中でもアタリは止まない。初めてのフィールドで小型ばかりでありながらここまで釣れるとは全く思っていなかった。アラームの音、というよりアラームのローラーが回るキュルキュルという音が目立つ。9匹目。これは割と簡単に上がってきてくれた。サイズも60台と8匹目と変わらず、体重も軽い。

 一番竿、二番竿ともエサを付けなおし、橋の街灯が映るポイントにスポンと打ち込む。すると見ている前で一番竿の青いスウィンガーが力を落とし下がり始めた。逆転したアラームがなる。これはウグイではなさそうだ。鯉は罠に掛かったことを自覚すると水中の変化のあるところに避難しようとする。今回はそれが手前のカケアガリの下だというわけで、それ故にスウィンガーで反応を取る食い上げアタリが出るのだろう。重くもなく軽くもない…いや、やっぱりちょっと軽いか。サイズは揃って60台だった。これだけ釣れるのならサイズアップをしたいところなのだが。

8匹目 体長に対して体重がある個体 9匹目 サイズは同じだがこちらは体重が軽い
鯉が手前に走る事が多くスウィンガーでアタリを取る 10匹目 サイズアップならず

 時刻は午前0時を過ぎた。ここで少しだけ休息をとることができたが、10匹目から30分後に2番竿に来た。これまで一番、二番竿とも満遍なくアタっているため、18mmダブルでも、18mm+15mmポップアップのワフターでも変わりなく釣れるようだ。サイズは変わらず、65、66といったところだ。

アタリが止まった間少しの休息 11匹目 65センチ 荒い鱗をした個体

 腹の満ちた体は横になることを望んでいる。そろそろシュラフに入りたいが、またすぐに起こされる気がする。午前1時を過ぎてから、ウグイが煩くなった。投入してはアタリ、逃がして投入すればまたアタってくる。ウグイの波に飲まれてしまったみたいだ。ここでボイリーをクレイブから、ウグイのアタリが控えめだと感じている「コンプレックス-T」に変えてみることにする。両方の竿とも18mmと15mmのダブルで使う。これで少し変わってくれればよいのだが…。


ボイリーをコンプレックス-Tに変更

 その効能があってなのか、ウグイの連続アタリはなくなった。これで少し眠ることができる。やれやれ、こんなに疲れる釣りになるとは…。いつ鳴り出すかわからないアラームを左枕元にして、そわそわしながら床についた。

 午前1時。眠っているかいないのか分からない状態で、アラームの音に目を開けさせられた。鳴り方からしてウグイではなさそうだ。テントのファスナーを開け、クリックの聞こえてくる発信源へと向かう。

 今度の鯉は初めて右側に走った。なんのことはない。そっち側には障害物になるようなものはないのだ。ただカケアガリの下に潜り込まれるようなことにならないよう気をつけつつ、魚をいなす。こいつも60センチほど。サイズアップしないのはポイントが悪いのか、エサが悪いのか。2匹目に釣った80で気をよくして期待をしていたのだが、なかなかうまくいかなかないものだ。


12匹目 サイズアップしない

 これだけ釣れていて、とても充実した釣りになっている。しかしサイズに欲が出てくるのが釣り人の性だ。投入点を変更しようとも考えたが、それは明るいうちにマーカーフロートを浮かせながら距離を調節し、ラインにマーカーを付けてやるものだ。深夜にやることではない。いまはとりあえず横になろう。次はいつ来るか。釣り座へ飛び出す時のファスナーの開け閉めが面倒なので開けっ放しにしておくことにする。どうせ誰も来やしない。

 午前2時過ぎ、2番竿からの呼び出しに飛び起きてテントを出るが、ラインが出される音は聞こえてこない。ウグイか…。スウィンガーは下りている。ハンドルを巻きラインを絞ると、ガツンと強い一発の反撃を受けた。間違いなく鯉。しかも結構強い個体だ。私の針に掛かる鯉だ、相変わらず大きさは感じられないが、ドラグを締めたスプールの回し方は今回で一番強い。首の振り方も上手く、バランスの悪い仕掛けではすぐに外されてしまいかねない。仕掛けを信じて、距離を詰めてゆく。現れたのは70にも満たない鯉だった。こんな奴がこんなにファイトを楽しませくれるなら、こいつが70、80、90と成長してゆけばどんな手で釣り人を恐れさせてくれるだろうか。ただ大きい=強いではない。個体の性格や学習能力、またフィールドによっては小さい鯉でも激闘を繰り広げることがある。


13匹目 小さいながら最後まで戦い抜いた戦士

 午前3時を回った。東の空はもう赤い。日の長いこの季節が一番好きだ。眠るのを諦めた珈琲を飲みながら、これでもっとシチュエーションが良ければ…なんて思ってしまう。

 珈琲のカップを置いたのとほぼ同時にアラームが鳴り渡った。今度は一番竿か、よしと椅子から立ち上がる。今度は下りることなく、全開に上がっている青のスウィンガー。しかしこの鯉は掛かったあとあまり走らず、ドラグが出され続けるということがない。今もまさにラインが張ったまま静止している。やはりカケアガリの下には何か障害物や鯉が隠れられる場所があるのか、今のところ確認できていないが、そんな理由で沖に向かって走っていかないものもいるような気がする。私のライトを受けて目を光らせながら上がって来たのは、また60台。この感触、もう大型は来ない気がする。小型の鯉の数釣り、そんな中で大型に会えたということが今までにないからだ。ならば今回は数釣り回ということになるか。でも明るくなってからはどうなのだろう。夜間と同じようにアタリが続いてくれるだろうか。

夜が終わる 14匹目 レギュラーサイズ

 午前3時40分。イヤホンを耳にしながら目を瞑っていると、瞼の裏側からでもわかる青い光を感じ、ウォークマンの停止ボタンを押した。投入したばかりの一番竿にウグイが掛かってしまったみたいだ。またかよ…と思えば2番竿に明らかに鯉であることがわかるヒット。ウグイは後回しだ。重さはこれまでと変わらない。まぁいいさ、今回は数釣りだと割り切ったばかりだ。とっくに明るくなった水面を割ったのは70センチ。鱗の揃いがよく綺麗な個体だ。鯉をリリースしてからウグイが掛かってしまった一番竿を回収する。コンプレックス-Tにしたって何にしたって、やはりこいつらは来てしまうのか。ならば一度ボイリーを変えてみる。動物性であったこれまでとは違うフルーツ系「フレッシュフルーツワン16mm」だ。これを両竿ともにダブルベイツで取り付け、同じポイントに投入した。

15匹目 70台 鱗が綺麗な個体 釣り場は朝を迎えた

 今回はそんなに長くは粘れない。だが出来る事なら20匹、20匹目を釣って帰りたい。太陽が昇るという状況の変化に関わらず勝手にボイリーを変更してしまったのは大丈夫だろうか。そのせいでアタリが止まってしまうというのは困る。しばらく様子を見て、アタリがなければまたクレイブに戻すことにする。

 投入から約2時間。一番竿にスウィンガーが上下に浮いたり沈んだりというアタリが出た。鯉のものではない完全に「う」の字のものだ。ボイリーをフルーツにしても、やはり雑食性の強いウグイには変わりないか。抜き上げるには少々重い50センチ近いマルタウグイがパーフェクトなフッキングでマットの上で暴れまわる。では鯉はどうか?ボイリーの変更による反応の違いは?ウグイを逃がした後、その懐疑はすぐに払拭された。二番竿に鯉のアタリ。重くない割になかなか底を切らせてくれない頑固な奴だ。面白い。タモに入ったのは60台。全体的に太く、尾が小さい特徴を持った魚体だ。


16匹目 尾の小さい個体

 ボイリーの変更で鯉がアタらなくなってしまうということもないようだ。引き続きフレッシュフルーツワンを使う。サイズアップしてゆくにはどうすれば良いか。それは多分場を休ませることだろう。しばらくの間仕掛けを入れず、他のどこか入れる場所で竿を出して遊びながら、頃合いを見て再び仕掛けを入れる。先にも書いたが、今のまま釣り続けていてもまず大型は出ない。だが、このフィールドには必ず大型がいるだろう。それを狙うのは次回以降としようか。作戦も練り直す必要があるし、手に入れなくてはならないものもある。

 釣り座に戻ると一匹のキタキツネが飼い主を待つ犬の如く座っていた。荷物に荒らされた形跡はない。私が帰ってきてもあまり動じないのは、かなり人慣れしているからだろう。こういう奴は油断できない。一瞬の隙を突いて荷物、特にゴミ袋などを持ち去ろうとする。盗られる可能性のあるものは全てテントの中に仕舞い込んでおく。

 5時40分。そんなキツネが慌てて逃げていく。二番竿のアラームが鳴り響いたせいだ。さぁ17匹目。今度の鯉はなかなか良いファーストランをしているようでクリック音が激しく私の耳に届く。

 小さい、だが底を切らせてくれない。このポイントで注意しなくてはならないのは、手前のカケアガリが急角度で水深を落としていることだ。カケアガリ下に張り付かれたり、頂上の角にラインを擦り付けられたりすれば危険だ。なるべく沖の方で魚を浮かせたいが、今度の鯉はそれをさせてくれない。パワーを残したままカケアガリ下まで来てしまう。ドラグを緩め、指で少しずつラインを出して、鯉がもう少し沖に行ってくれるように促す。そしてなんとかカケアガリが干渉しないポイントで鯉を弱らせ、浮かせる事ができた。68センチ。走られるのも怖いが、走らなさすぎも怖い。棚を釣る縦の釣りの展開となる山上湖や、北海道ではあまりないと思われるが、カケアガリが二段も三段もあるような川では、もっと洗練されたファイトが必要となるだろう。小さい鯉が多く釣れる釣りの中でもそういった事を考え、個体によって違うファイトを見せる鯉にトレーニング相手になってもらい、いつか来る恐怖するような魚との戦いの準備として使える。

17匹目 68センチ 可愛いが決して餌付けなどしないように

 息継ぎのいとまを与えないかのように一番竿に来た。いまエサを付け直したばかりの二番竿を持って釣り場に下り、唸る一番竿を握る。これも同じくらいだ。比較的大人しく、左のワンドへ向かおうとするのもすぐに止めることができた。18匹目。どこの河川でも見られるような、一般的なコモンカープといった感じの一尾だ。

 ここまで昼夜問わず、潮の満ちに引き問わずに満遍なくアタってきている。とても眠れやしない。次のコールは投入から1時間半後に私の耳に届いた。二番竿に掛かった今度の魚は最初から左のワンドへ走った。竿を右に傾け、鯉を刺激しすぎないようゆっくりと、それでありながら何があるか分からないワンドの中に突っ込まれないようにやり取りをする。このような横のファイトは望月寒川での釣りで慣れているつもりでいる。19匹目が水面に姿を現した。なかなかカッコいい奴ではないか。背が低めでオレンジ色っぽい体色の個体。顔は小さいが口を大きく開けて威嚇してくる様は荘厳だ。

18匹目 これも60台 19匹目 細身で勇ましい一尾

 二番竿をベースに持ち込み、落とされたオモリを装着、そしてまだ無傷であったボイリーは仕掛けに装着したまま軽く洗い、それを持ってもう一度釣り場へ。すると土手の階段を下っている最中に一番竿のラインが出され始めた。20匹目、待望の20匹目だ。まだ投入していない二番竿を置いて、やりとりにかかる。特に恐れを抱くことのないレギュラーサイズの一尾だろう。これを釣れば今回の釣りは終了。バラせば続行すると決める。そして私に軍配が上がった。いびつな鱗をした65センチ。


20匹目 これを上がり鯉にしよう

 ここまでとしよう。寝不足の体を引きずって竿をロッドポッドごとベースに持ち込む。何も思い残すことはない。大型を出せるような釣りではなかったが、私には十分すぎる釣果だ。

 敬愛する祖父の4回忌にこのような色濃い釣りができたのを嬉しく思う。楽しく釣りができたのを嬉しく思う。亡くなるまで祖父の腕につけていた時計。仏壇の前でそれはまだ時を刻んでいる。その時間の先を私は生きる。そして進む。どこを?巨鯉への道をだ。それが私の人生。別にいいよね?