鯉釣り日記2022年 デフォルトモード

釣行日時 6月13日15時~
6月14日16時 
釣行場所・ポイント名 茨戸川

 何があったわけでもないのに疲労を感じた6月の夜。帰ってきた部屋は狭い空間に雑然と物が置かれている。机、本、ペットボトル、風に揺れるカーテン、引き出し、時計、かけてある衣類。それはそれぞれの存在、色、動体と、視界に入って来るだけで情報量が多く、今の私の脳には重みとなった。ただベッドに身を預けて目を瞑る。それしか出来ようがない。そして目を覚ませば、またうまくいかない日常が待っている。

 もう休もう。広々とし、狭い部屋になんかありやしない美しいものがあり、美しい音が聴けて邪魔も入らない場所、釣り場で。「デフォルトモード」という脳科学用語がある。脳は常に様々な情報を取り入れるが、それを整理する時間を取らなければ疲れるだけで意味を成さない。居心地の良い環境で脳を休める。そうすれば脳は無意識の中にある未解決な問題をクリアしようと動く。それが正しい脳の使い方だという。そんな時間が私には必要なのかもしれない。

 釣行当日

 よく晴れた陽の元には蝦夷白蝶が舞っている。この時期になると桜や林檎の木に群がる彼らは6月の象徴だ。買い物袋、ピクニックバッグ、楽しめる要素を詰めた荷物達を車に載せ、行きなれた道を往く。そしてここからはナビが必要だ。ポイントを示したモニターを横目に細い道を走る。ナビがなければ、ずっと同じような景色の続く中にあるポイントを通り過ごしてしまいそうになる。


6月の風物詩 エゾシロチョウ

 気温23℃、水温は前回より少し冷たい21℃だが、悪い数字ではない。とりあえずポイントとするのは4メートルの落ち込みの下。寄せエサはパウダーべイト「鯉夢想」、「粒鯉」をダンゴ状に握ってベイトロケットにいれる。ペレットやボイリーはその隙間に差し込むような感じにして蓋を閉めて打ち込む。これは水深のあるこの場所でパウダーベイトをダンゴの形のまま確実に底へ沈めるためだ。投入点はポイントの少し下流。ポイントに直撃させることはしないでおく。寄せエサが多量にある状態から喰わせを選んでもらうより、下流に少量のフィーディングをして鯉の食い気のスイッチを入れ、そのままポイントに進入してもらう形を取る。


ダンゴ(奥)中心の寄せ餌 ペレット、ボイリーは少量

 仕掛けは特に前回から変更していない。一つ上げるとすれば、前回はボイリーを18mmボトム+15mmポップアップにしていたが、今回は片方の竿を18mmボトムのダブルで試してみたいため、その大きさに合わせたヘアのブローバックリグを使うという点だ。

 一番竿に「ザ・クレイブ18mm」のダブルベイツ。二番竿はクレイブの18mm+「ザ・ソース」の15mmポップアップのワフターでいく。PVAバッグにペレットとクレイブの18mm、15mmを入れ、それぞれを岸から7メートル程の距離に投入。フリップでは少し遠く、オーバーヘッドでは少し近い。サミングを上手く行わないと思ったポイントに打ち込めない。

オモリ部(セイフティーボルトシステム)
ユニット:シンキングリグチューブ50センチ、コバートテールラバー、カープセイフティレッドクリップブラウン


オモリ:六角30号 カモフラージュ

仕掛け:(ブローバックリグ)
 ハリス:エジスカモテックスマット25lb(ブラウン)
 針:伊勢尼14号

 全てのセットを完了させた頃には、もうライトが必要になる20時となった。まだほんのりと明るい西の空が逆光となり、大きな木のシルエットを浮かび上がらせる。気温は15℃まで低下したが、前回のようにジャケットの上に更にコートを重ね着するような寒さではない。風もなく、煌々と照る月がこの夜を好いたらしいものにしている。

 このフィールドでは明け方から昼にかけてアタリがあることが多い。この場所で釣りをするのはこれで3度目であるが、夜間にヒットしたということが一度もない。寄せエサを打ってから、さっきまでの明るい時間帯に或いは一匹の釣果でもないかと思っていたのだが、それは叶わなかった。


月あかりが煌々と

 さて、宴としよう。コンロに火を入れると、何時ぶりかの炭火の香りが鼻をくすぐる。独りで焼き肉をするというのも良いものだ。自分のペースで焼き、自分のペースで食う。紫煙くゆらせ、見る度に居場所が変わる月を見上げる。ここは広く、余計な物が目に入らない。あるもの全てが私に麗しさや楽しみを与えてくれる。自宅の狭い部屋などとは対照的な空間だ。

コンロに火を入れ 肉を焼く

 21時過ぎ、二番竿のアラームが小刻みに鳴った。これはウグイだろうか。上げてみるが何かが付いている感触はなく、全く無傷のボイリーが返ってきた。それとは逆に、回収した一番竿はボイリーがかろうじて1つだけが残されている状態だった。かなりエビや小魚に苛められたのだろう。ボロボロに齧られている。ここは比較的釣りの邪魔をする生物が少ないように思っていたが、これからの季節、水温の上昇と共にウグイなどが活性化してくるかもしれない。エサのチェックは欠かさずに行うことにする。


一番竿のボイリーだけがボロボロに

 23時を過ぎて、南東の風が吹き始めた。この風は昼までに強くなり止まない予報だ。だが今日よりも気温が高くなり、水温も上昇する見込みがある。チャンスは昼間と見られるが、夜間でもエサ換えはきっちりやる。寒い中でいちいちボックスからPVAやらボイリーやらを取り出すのは面倒なので、いくつか作り置きしておいた。

 どこでもそうだが、ここもキツネが多い。人慣れしている奴は釣り人の目の前まで近寄り、ゆっくりとした動作を見せた後で瞬発的に物を奪い逃げようとする。エサの類は必ず蓋つきのボックスに入れて盗まれないように注意したい。

PVAを作り置き キツネがいるのでエサは必ず蓋付きのバッグに

 ライトを天井にぶら下げたテントの中。外の気温は予報よりもはるかに低い7℃となっていた。水場であり風も吹きつけているからだろうか。本当にこれで明け方から水温が上がるのか、怪訝となる。でも釣って帰りたい。「デフォルトモード」の時間を作るためにここに来たわけであるが、頭を休ませるとは、何もしない、何も考えないのとは少し違う。特に釣り場にいながら何もしない、何も考えないで過ごすのは私にとってはストレスだ。釣り場という素晴らしいフィールドにいながら、家でぼけっとしているのと同じことしかしない。そんな虚しい釣りを私はやらない。


気温が到着時から15℃も下がった

 釣行時に必ず腕にするストーンのブレスレット。ヘマタイトは意志を強め、勝負強さを齎すという。もう一つのオキニスは着実に目標へ向かう一歩の軸を強くするという話だ。まさに「巨鯉への道」を歩むに相応しい。パワーストーンマニアでもなければ信心深い方でもないが、何がどう動くか分からない自然を相手にするとなれば、今も昔も人に出来るのは神頼みくらいだ。だから釣行においては願掛けをする事を大切にしている。


釣り中では願掛けの類は大切にする方だ

 午前2時。眠る前にエサ換えをしようとするが、手にした一番竿が根掛かりしてしまった。已む無くラインを切る事になり、続いて二番竿も何かに引っ掛かってしまった。こちらはなんとか上がって来たものの、シンキングリグチューブがズタズタに痛んでいる。やはりポイントを近距離にしすぎるのは危険だ。両竿とも投入距離を3メートル程伸ばし、そのポイントに寄せエサを撒いておいた。

 さて、眠るとするか。暗い中でもアタリがあったらすぐに飛び出せるようにテント内部をセッティング。いままで椅子があった位置、左枕元にピクニックバッグを置き、その上にバイトアラーム受信機、携帯、帽子と並べる。天井のライトの位置も確認してからそれを消灯し、シュラフの中に潜り込んだ。


就寝前 ベッド横のセッティング

 大潮の満潮から3時間後の午前7時。一番竿のアラームが微睡の世界から引き起こしてくれた。回ってゆくスプールのドラグを締め、ロッドポッドから取り上げた竿の感触はかなり重い。しかし魚の重みだけではないことはすぐに分かった。またラインが何かを絡めている。どうしようかと思っていると急に手ごたえが軽くなり、引っ掛かった障害物が外れてくれた。魚が泳ぎまわるラインの動きは健在で、まもなくして60台の鯉が現れた。流石にもう少し大きいのが欲しいとも思うが、ラインが切れてこの若い鯉に深手を負わせるようなことにならなくて良かった。リリース後に仕掛けを見てみると、やはりまたリグチューブがボロボロになっていた。これがラインを守ってくれたのかと思うと有難い。

1匹目 60台 尾が綺麗な個体だ リグチューブがボロボロ ラインを守ってくれた

 水温18℃、気温15℃、。少しずつ上昇してきているのをテント越しの日差しから感じる。そして9時20分、今度は二番竿に来た。竿を掲げる腕にまだ上がり切ってもいない陽光が刺さる。日焼け止めを塗っておかないと、会社で一人黒々として浮いてしまうかもしれない。そんな事を考えながら相手にしたのは70台だった。鱗の煌めき、体格、これも良い鯉と言えるだろう。

2匹目 70台 鱗が揃い肉付きも良い個体 朝の光景

 もう少しポイントを奥にした方が良いか…。でも障害物から離しすぎるとアタリがなくなってしまいがちだ。近づきすぎず、遠すぎず、なかなか微妙なキャスティングが必要な位置となってしまった。

 太陽が昇って気温は上がっているが、強く吹き始めた南東の風の触感はかなり冷たい。まぁ、6月半ばはこんなものか。夏場のこのフィールドはどうなるのだろうか。興味が沸いてくる。

 自然の音に耳を貸す。何種類もの鳥の声、カエル、虫の声。知っているもの、そうでないもの。その一つ一つを聞き取ろうとなればもう二つ耳が必要そうだ。ある意味でこれはかなりウルサイ環境とも言える。


 11時。テントの中の椅子にもたれ掛かり、リラックスしているところで一番竿のスプールが回り始めた。竿を持った感じかなり重い。デカイのか?いや、これはまた障害物に巻かれている。どこにどのように障害物があるのかいまいち掴めない。戻ってきたのはコーティングがすっかり剥がされ、途中から切れたハリスであった。しかし落胆している間もなくすぐに二番竿のラインが走った。今度は大丈夫そうだ。浮かせた魚を捕え、安堵する。80センチ?いやギリギリ届かないか。もう少しサイズが欲しいのが本音であるが、別に眩いばかりのこの金色に文句を言うつもりはない。小さいから何?人間では考えられないような厳しい自然界でたくましく生きる鯉。それを鯉師が愛さずに誰が愛す。


80にギリ届かない?いやメジャーを尾側に伸ばせば?

 南の風がかなり強くなってきたがテントを片付けるのには支障がない程度だ。それよりも晴れ渡る青天井にいつもより広い世界を感じる。椅子の上、スマホを手にするが、ポチポチと細かく指を動かしたくない。ここは受けの態勢をとって動画を再生しよう。昔は自然の中に居ながら携帯をいじるなんて勿体ないと思っていたが、こうしてどこよりも大らかで安心できる釣りのフィールドで動画や電子書籍を読むと普段より楽しめる気がする。


アタリ待ちをしながらの動画鑑賞もいいものだ

 13時を過ぎた。ここから潮は満潮になり、またゆっくり下がってゆく。ずっと携帯を見ていたせいか瞼が重くなり、ベッドの上に寝転ぶ。寝ながら思い切り背伸びができる大型テントの存在はありがたい。目を瞑ってしばし、二番竿のアラームが私の目を覚まさせた。なかなか顔を水面から出さないファイターだが、サイズは1匹目と同じ程の小型だ。サイズアップならずか。


4匹目 サイズダウンか

 14時、二番竿にウグイが掛かってきた。綺麗な婚姻色を纏うアカハラと呼ばれるものだ。やはりここからの季節、ウグイとの戦いもあるかもしれない。奴らのアタリが他より少ないからといって、リキッドやらディップやらと使ってしまうと痛い目にあうだろう。

 4匹目以降、アタリが止まってしまった。でももっと続けたい、このままここにいたい。そんな気持ちを蝕むように時計は進んでゆく。もう昼間とは呼べなくなってしまった太陽の位置。もうあまり長くは粘れない。

やはりウグイが掛かってきてしまった おやつは串だんご

 開始から約25時間。5匹目ならず、ここで今回の釣りを切ることにした。広々とした環境でゆっくり頭を休ませることができたのではないだろうか。釣れる釣れないは別として、やはりランガンのようなスタイルより、このような長時間を使った待ちの釣りの方が私には向いている。25時間の中で熱くなったとか、美しいとか、嬉しい、楽しいなんかの感情を覚える刹那がいくつあっただろうか。数えきれない。この釣行記の原文として、事あるごとに何かを書き入れてきたA4用紙ももう真っ黒だ。気分はすっきりしている。明日はきっと良い日になる。