鯉釣り日記2021年 なくてはならない時間

釣行日時 6月10日10時~
6月11日17時 
釣行場所・ポイント名 茨戸川

 世界中を飲み込んだ大きく穢い黒い波。アイヌの言葉で流行病や伝染病を「コポロカムイ」という。「隣の村でコポロカムイが出たぞ」。なんて恐ろしい…。この忌々しい存在はどこまで私たちを苦しめるのだろう。

 2020年、私は多くのものを失った。人、心、物、時間、生活。どれだけ奪えば気が済むのか…と項垂れる。何より私の釣り人生の中で、二年近くほとんど釣りができていないという状態、2003年から続いているこのホームページの更新が約二年間止まるというのは明らかな異常事態だ。私の心は深く沈みこんでゆく。復活させなければ、回復しなければ…身も心も。そんな時間が欲しい。

 2021年シーズンイン。しかし私の自由な時間、週末が悪天候であるという状態が8週間続いた。もういい加減にしてほしい。私は天候の良い日に無理やり時間を取り。約二年ぶりに愛竿を持って川へ向かう。良い釣行にしたい。何故か私は緊張を持っていた。

 車を止めた茨戸川は夏の香りがするが、続いた悪天候と上がらない気温で水温は上がりきっていないようだ。水中の状態は例年より2週間程遅れているとみられる。しかし今日明日の天候は良く、気温もかなり上昇し、夏日になる予報だ。どのようにすれば良い釣りができるだろうか。まずは日よけのハーフテントを広げ、タックルを持ち込む。


よう、相棒

 時刻は午前10時。ここは今年初めて釣りをするフィールドだ。位置的には2012年に新大鯉専科でフルスイングする釣りをした場所に近い。マーカーフロートで底を探ってみたところ、やはり底の地質、地形も似ている。足元から水深4メートルのドン深。沖へ投げると水深5メートルから6メートルの泥底フラット。障害物はほとんどなく、水草なども生えていない。水はまっすぐ流れに従い、沖には狙いどころというものがない。しかしモジリなどは見られ、魚の息吹を感じられる。このような場合どうするか。やはり足元からドン深という地形を活かそう。魚は壁、もといカケアガリや崖状の岸に沿って泳ぐ習性があるため、それにかけてちょい投げでヘチ狙いという釣りをするのが良さそうだ。

 2012年の釣行の印象ではこの近辺の鯉の周りはあまり早くない。過度なフィーディングはしないでおく。まずは竿二本。どちらも岸から5メートルから7メートルの近距離に仕掛けを下す。餌には動物系ボイリー、カープオンリーの「ツナスパイス」を使用する。

オモリ部
ユニット:タングステンリグチューブ50センチ、コバートテールラバー、ハイブリッドレッドクリップ

オモリ:25号小田原カモフラージュ

仕掛けブローバックリグ
 ハリス:エジスカモテックスソフト25lb(グリーン)
 針:ST-2

エサ
カープオンリー「ツナスパイス」


 PVAバッグに同じボイリーとペレットを入れ、針に引っかけてキャスト。また各投入点に柄杓で一掴み程のボイリーをポイント周辺に撒いておいた。

 12時頃、古くからの知り合いであるKさんが車を止め、私の下流側で竿を出し、釣りを開始された。やはりKさんもちょい投げのヘチ狙いのようだ。2本のトライバルウルトラでパイナップル系のボイリーをポイントに落ち着かせる。それを機に私もエサ換えをする。見たところボイリーには傷がない。仕掛けが絡むようなトラブルもなく、4時間はエサを持たせられることを確認した。今後大きなウグイなどがアタることがなければ、ディップやリキッド、またはパウダーベイトなどを使う積極的なアプローチをしてもよいかもしれない。

久々の光景 Kさんが下流側で入釣

 14時を過ぎた頃、Kさんの竿にアタリが出た。鯉のようだが、スプールを回して突っ走ってゆくような動きではない。車から土手を下りてきたKさんがアワセを入れ開戦するも、掛かりが浅かったためかスッポ抜けてしまった。しかし食い気のある鯉がいることが明らかになり、闘志が沸く。私はもう1本、3番竿を出すことにして、他二本より沖目に投入してみた。特に狙いどころがない岸から25メートル程の水面に仕掛けを投入してみたわけだが、鯉がいないとも限らない。沖の方でも泡付けなどのアクティビティがあるため、居るのならフィーディングでアピールして足止めする。ベイトロケット
を取り出してマルキュー「神通力」にボイリーとペレット、スイートコーンを混ぜたものを投入しておいた。これは反応があるまでそのままにしておく。

一番右、3番竿を追加 25メートル先に投入 3番竿の投入点には寄せ餌を
 沖にも泡付けなどのアクティビティはある Kさんのタックル

 大潮の満潮を過ぎた。気温は28℃でピークを迎え、今年初めてではないかと思える夏日となった。水温は20℃。川はどういったうつろいを見せるのだろうか。これから夕方へ入る。2時間以上もジっとしたままだった対岸のアオサギが鳴き声を上げて羽ばたいていった。

 16時。2番竿のバイトアラームが控えめに鳴った。限界まで上がってゆく緑のスウィンガー。先ほどのKさんへのヒットと同じく、竿を揺らすばかりで積極的にスプールを回すようなアタリではない。ウグイなのではないかという疑いを持つが、反応の仕方はやはり鯉だ。アワセを入れるタイミングを掴めず、とりあえず竿を持ち、糸のテンションがじんわりと強くなったところで竿先が上げる。開戦だ。しかし一瞬手ごたえを失った。スッポ抜けを思わせたが、鯉が水深4メートルから一気に急上昇したことで起こった糸フケであった。体を反らせながら高速でハンドルを巻き、テンションを取り戻す。魚はすぐ目の前に現れながら、左の1番竿のラインの下を潜り抜けようとしていた。まずいラインが絡む…。そう思っていたところにKさんがアシストをして下さり、魚がタモに入った。


約2年ぶりの鯉 70台

 2年以上の年月を経て、やっとこの手に収まってくれた鯉。70と数センチといったところの瘦せ型だ。長かった、会いたかったという思いが巡る。この周辺のフィールドではかなりアタリが遠いイメージを持っていたのだが、初日の明るいうちに二度もアタリがあったということで、今後の期待は更に強くなる。

 さて、そろそろ寝床を確保しなければならない。ハーフテントの後ろのスペースの草を刈り、就寝用のツーリングテントを組み立てる。Kさんもテント泊をするので、狭いスペースにテントが3つ並ぶことになった。なんだか2010年度の九州の高橋さんや平さんとの釣行を思い出す。あの頃の釣行でのベースキャンプはこのようなテント村になっていた。あとであの頃の釣行記を読み返して郷愁に浸ってみるのも良い。


釣り場はテント村に… 

 20時を過ぎても西の空がまだ仄かに明るい。こうして釣りをしなければ、夕日を見送るという儚くも優しい時間を過ごすこともなかった。久しぶりに仰いだ広い空。夕日の反対側で星が瞬いている。首が痛くなる程上を向いたのはいつぶりだろうか。大きく息を吸い、首を下しながら吐く。するとその息は白く現れて風に流れていった。急激な気温低下。気づけば足元やテントには無数の露が滴っていた。暑かった日中とは打って変わって、今は長袖のシャツとジャケットを羽織っている。そして夜が更けるにつれて気温は14℃まで下がった。エサ換えをするKさんを眺め、少し立ち話をした後、露の粒子に濡れまいとそれぞれ屋根の下に入った。


眠くなるまでハーフテントで過ごす

 家の近くのコブシの花が散ってそろそろ二か月、もう6月に入ってしばらく経つ。でも気持ちは春から抜け出せていない。初釣りが初夏ということが今までほとんど無かったからだ。蚊取り線香の煙、呟くツユムシ、水面に犇めこうとする菱。そのどれもが信じられない。今年のシーズンは短いだろう。季節的にもそうだし、感覚的にはもっとそうだ。その分できる限り釣行を増やしたい。

 21時くらいまでは南東の風が吹いていたが、22時現在無風である。体を驚かせてしまうような冷たい風がないのが幸いだ。このフィールドにおいては風の向きや強弱はあまり関係ないだろう。ここは茨戸川の中でも川幅が狭く、水は真っ直ぐ流れている。向かい風が吹いたからといって沖から魚が入ってくるなどはないように思う。ならば身体の意に反した冷たい風を我慢しながら釣りをしたり、追い風であることに不利を感じて焦れることもない。茨戸川の中で、静かに美学を夢想できる無風の環境でも、自信を持って釣りができるフィールドかもしれない。
 
 1番竿、2番竿ともにエサ換えをするが、やはり特に変わった様子はない。再投入の際、一応ボイリーとペレット入りのPVAを引っかけて飛ばしたが、ここまでウグイが来ていないことで寄せエサの類もあまり消費されていないだろう。本当に驚くほどウグイがいない場所だ。

 23時半。テントのベッドメイクをするKさんとの立ち話は取り留めもなく、そろそろ足も疲れてきた。立ち昇る水蒸気で空気はかなり冷えている。Kさんが先にテントに入り、私も続いて、最後に水滴を纏って重々しく飛ぶ蛾の行方を見送ってからテントに入った。


 テントの中の匂いを懐かしく感じながら、身体を眠りへと誘う。バイトアラームの受信機を左耳元に、ゆっくりと眠りに就いた。いつもならアタリが遠いのをいいことに、カメラを持って一キロくらい散歩に出てしまったりもするが、今日は大人しく眠りたい気分だ。次にタモが濡れるのはいつの頃になるか…。今夜中か、翌朝か、それとも次回の釣行日か。消極的な考えだが、2年ぶりの釣りが坊主ではないことに安心してきっている。

 強い東風に目を覚ました。そろそろエサ換えをするか…。まず1番竿を手に取り穂先を上げる。すると針が何かにクサリと刺さりこむのを微かに感じた。思ってはいたことだが、岸際の崖下に障害物が溜まっているようだ。Kさんによるとやはり投入点を手前にしすぎると何かに引っ掛かり、幾度かラインブレイクしてしまったそうだ。私もそれを覚悟して竿を水平に持ち、一歩二歩と下がる。すると幸いなことに引っ掛かっていた障害物が川底から離れ、仕掛けと共に浮き上がってきた。正体は朽ちた流木だった。ここは特にワンドでもなく、直線的な川岸であるため、一見ゴミなどが溜まりそうに見えないが、無いことはないようだ。針先に傷みがないことを確認し、次に2番竿、放置していた3番竿の仕掛けを回収する。ボイリーにも変化なし。新しいツナスパイスに交換して再投入する。


 私が眠っている間のことをKさんに聞くが、全くアタリも変化もなく夜が明けてしまったらしい。やはりアタリは遠いのか。崖に沿って遊泳してくる魚の回遊待ちというスタイルの釣りになるポイントなのだろう。Kさんは私が起きる前にテントを畳んでいた。邪魔だからさっさと片づけてしまうのだろうか。

 「まだ粘りますか?」

 「いや、疲れも溜まっているし、帰るよ」

 Kさんは手早く素早くタックルを撤収させ、帰路についてしまった。一人残された釣り場。私はこのまま、昨日アタリがあった時間まで粘ってみることにする。アタリが出るタイミングというのがあるのかもしれない。

 釣り開始から24時間が経過。このままでいいのだろうか、何かこちらから変化を齎すべきなんじゃないだろうか…。立ち上がり仕掛けを回収、ベイトボックスから「ザ・ソース」を取り出す。エサを変えてみよう。同じ動物性ボイリーだが、集魚力はツナスパイスより上をゆく。15㎜のソースを15㎜用ブローバックリグに装着し、投入点は変えずに試してみる。PVAに10mmのソースを一握り程入れて一緒にポイントに落とし込んだ。

ボイリーを変えてみる 「ザ・ソース」に変更

 気温は直射日光で35℃を超えている。だが、東の強い風が焼けた肌に心地よい。そしてせっかくの晴天だ。次の釣行日の天候も怪しいことだし、できる限りの時間をここで費やそうではないか。一人の釣り場だが、退屈は感じていない。

 12時32分、時計でその数字を確認した直後、1番竿のアラームが反応した。やはりここの鯉は走らない。走らないだけ体力を使ってないため、水面に浮かせてからが長い。目の前で首を振り暴れまわる鯉。ギブアップのサインはまだか…。ここまで水面で首を振られると、このままスポリと針が抜けてしまうのではないかと心配になり焦る。しばらくして鯉は頭を水面から出し、口を大きく開けながらコトリと水面へと倒れこんだ。ここだ。間髪入れずにタモを差し出し掬い上げた。昨日釣り上げた鯉とは違い、金色が強く、ずんぐりとした体形の個体だ。

 63、4センチといったところか。もう少し大型を期待していたのだが、小型だからといって、それで残念だとは思わない。せっかく貰った好きな魚との接触、出会い。それをつまらないと思うなんて失礼だ。

64センチ。小型だからといって不満はない

 やはりここからアタリが続くということはなかった。次の狙いは夕マヅメになるだろうか。

 ハーフテントの下、椅子に座りながらじっと竿を眺める。ハルゼミや鳥の声を聴き、いつか同じ声の聞こえたどこか遠くの記憶を呼び起こして、耽る物思いはまた取り留めもない。開始から28時間。釣果はたったの二匹。何故それを退屈で窮屈でつまらないと思わないのか、飽きてこないのか。川面を眺め、いろいろなことをゆっくりと一つずつ、馬が黙々と草を食むように、考え、それを自分の心にしてゆく。こんなことが普段の生活でできるだろうか。みなもは私を癒し、そこから生まれてくる穏やかな気持ち。これからどんな事が私を待ち受けているだろうか、どんな選択肢があるのだろうか、次にあの人に会ったとき、どんな言葉をかけてあげようか。自分の中で整理がつかない事があるときは、こんな泊まり込みの釣りがいい。ろくに竿先も見ていない、ただ空想、瞑想、妄想に集中する。そんな時でも釣り針は鋭く鯉を狙っている。無駄なことなんかない。鯉釣りは本当に私に良く似合う。

鯉柄のリングとイヤーカフ

 15時、最後のエサ換えを行う。回収しようと2番竿を手にしたとき、またも障害物に針が引っ掛かってしまった。今度はビクともしない。これはもう仕方ないだろう。泣く泣くラインを切った。投入点と障害物が隣り合わせており、ドン深であるから仕掛けの回収時には竿を大きく上に振り上げないといけない。そんな時に引っ掛かる。そういう意味でなかなか難しいポイントだ。仕掛けのスペアは多めに持ってきた方が良さそうだ。

 終了時間は17時と考えている。あと1時間。灼熱地獄と化しているツーリングテントやその他備品も片づけていかなければならない。必要のなくなった荷物を持てるだけ持って、土手上の車まで運んでいるとき、1番竿のアラームが4秒程鳴った。だが少しラインが動いただけなのか、それきり音は聞こえてこない。釣り場に戻って竿を見てみると、ピンと張ったはずのラインが少しだけフケ、スウィンガーが僅かに下がっていた。しかし20秒ほど待ってみてもそれからピクリとも動かない。とりあえず竿を上げてみるが、何の手ごたえもなく、すんなりと仕掛けは上がってきた。ボイリーもまだ傷一つなく付いている。ここまでウグイが来ていないことから考えると、鯉の空アタリだった可能性が高い。もう終了時間も近いことだし、1番竿はここで撤退させることにした。

1番竿のスウィンガーが下りた 空アタリだったようだ

 6月の太陽は時間の経過を忘れさせる。少し前だったら、もう日の光は赤くなって夕方の光景をあやなしている頃だろう。もう終了時間。ハーフテントも畳み、全ての仕掛けを回収された竿を乗せたロッドポッドを、そのまま土手上に運ぶ。

 荷物を車に収納し、釣りを終了した時に起こるこの気持ちも2年ぶり。良い二日間だった。一昨年からつもりに積もった身体の埃を焼き払うことができた気がする。昨日釣りを始める前と今では、恐らく私の目や口元などの表情も変わっているだろう。この二年間のうちに私が失ったものはもう戻っては来ないが、新たに作り出し、手に入れて行くこともできる。今はそんな気持ちに満ちている。やはり私には釣りがなくてはならないのだ。

 私は誰よりも釣りを楽しむ。
キャリアからして私はすごく釣りがヘタクソだ。だが楽しむことは誰よりも上手いと思っている。エピソードの「着火」にも書いた一文だ。自分なりのテツガク的に、美学的に、そんな釣りの楽しみ方をしている。もっとそれを洗練するには…そして技術的にもそれに追いつくには…。その課題をクリアするにはあと200年は必要そうだ。