作り話ではないかと思われても仕方がない。

でも、これは本当に釣り場でみた夢?あるいは・・・・


 2004年夏休み、私はとあるポイントにて1泊2日の泊りがけで巨鯉を狙って釣りをしていた。その釣行の釣果は小型が多かったものの、76センチ、73、60、46、56、58の6匹の好調であり、満足して納竿することができた。最初の76センチが釣れてから、6時間後の午後11時頃、次に釣れる73センチがアタる少し前に事件はおきた。

 テントの中で仮眠していた私は、ふと目を覚ました。そして違和感を覚える。

 外の様子見と、そろそろエサ変えもしようと起き上がろうとしたのだが、いつもと様子がちがう。私の周囲は真っ暗な闇が広がり、なにも見えない状態であった。この場所はホテルの敷地ギリギリに位置し、周囲には夜になると、日が出るまで点きっぱなしのホテルの外灯がいくつか点在し、真っ暗になるはずがない。そんな中、なぜか漆黒の闇に包まれている・・・。外を見に行こうと起き上がろうとするも、

 「体が動かない・・・」

 体が石のように重く、起き上がることができない、いわゆる金縛りの状態だ。

 意識ははっきりとしている。金縛りにはよくなる体質だ。そのうち解けるだろうが、この動けない状態のままセンサーが鳴り、クリック音が釣り場に響き渡りでもしたらどうしよう。アタマはそのことばかりであった。しかもこの熱帯夜の中、私は暑ぐるしいシュラフの中である。かろうじて腕は外に出ているものの、シュラフの地獄から抜け出すことができない。

 どうしようもなく目を瞑って、はやく解けてくれと頭の中で念じていた。

 しかし、ふとその念仏を唱えるのをやめる。一瞬、体が反応し、ぞくっと鳥肌が立つような感じがした。なんだか嫌な感じがする。気配も感じる。金縛りは幽霊の仕業だとか言う人がいるが・・・そう、何かいるのである。私の上に・・・・

 閉じていたまぶたをゆっくり開けると・・・

 目を疑った。

 あお向けに寝ている私の顔の真上に、ひとつの生首があった。その顔は、なんと言えばいいか・・・落ち武者みたいな感じ。頭は禿げ上がり、宜保★子並の奥目。口の周りにはヒゲが生えている。いまでもはっきりと思い出せる。そいつは恐ろしい形相で私を見下ろしていた。

 一瞬、心臓が破裂する思いをした。いままで何度か奇妙な体験をしているが、こんなのは初めてだ。

 漆黒の闇、あるはずのテントの壁や天井が見えない。ただただ、そいつの顔だけが実体化して、なおも鋭い視線を私に浴びせる。

 こんな顔、子供に見せたら泣いてしまうだろう(笑)

 幽霊・・?・なんだろうかこれは・・?

 さすがに驚きはしたが、幸いさほど恐怖に襲われることなく、その生首を凝視することができた。

 何分が経過したとか、そういう時間の感覚はほとんどないが、金縛り状態になっているということに気がついてから、かなり長い時間が経過したように思える。その生首は顔の表情をまったく変えずに私を睨み続けている。寝袋に入る前は聞こえていたカエルや虫の声は聞こえずに無音の世界。

 「いつまで睨むんだよ?俺が何したっての?おい」


 不思議なことにこれはいつもの金縛りとは違うみたいだ。手足の感覚がはっきりしており、金縛りの最中にも関わらず、かろうじて両手が左右に動かせる。シュラフの中の足もバタバタと動かすことができた。普段の金縛りならまず出来ないことである。

 私は左腕が寝袋の外に出ていることを思い出し、重々しいながらも左手で自分が寝ている周りをあさった。体の感覚は思ったよりもしっかりとしていて、まだ闇につつまれ目には見えないが、触るテント生地やお茶のペットボトルの感触が分かる。私が探しているのはデジカメだった。たしかデジカメがこの辺に・・・と手当たりしだい探っているとデジカメについているストラップらしきものを掴むことができた。

 私はこの生首を写真にして史上最高の心霊写真を撮ってやろうと思ったのだ。
こんなのを釣行記に載せたり、プリントアウトして配れば子供が泣く。

 しかし・・

 「あれ?」

 ストラップを掴み、もう一度上をみると、生首が浮かんでいたところには、いつもどおりテントの天井が見えた。


 生首が消えた。



 やはり生首が消えたと同時に、ふと体が軽くなった。金縛りが解け、ようやくシュラフの灼熱地獄から脱出することができた。気がつくと、真っ暗だったまわりも、街灯の明るさがもどり、カエルや虫の声も返ってきた。

 ふぅとため息をつく。

 いったい、なんだったのだろうか。誰だったのだろうか。何故、私はあんな怖い顔の生首相手に平気でいられたのか、何故、生首と睨み合っていたのか。あいつはそんなに、私にプリントアウトされるのが嫌だったのだろうか。そして、いまのは夢だったのか、それともほんとうに幽霊だったのか。

 時計をみると午後11時、タオルでひたいの汗を拭きながら、デジカメを探したときに手に当たったペットボトルのお茶を一口すする。

 「こんど出てきたときは絶対。写真にとってテレビの心霊特集にでも出してもらおう」

 そう誓い、その10分後に釣れた73センチが奏でてくれたアタリセンサーのメロディとともに、現実の世界にもどった。



 数年が経過した今も、これほどに不思議な思いをしたことはない。
 ただの悪夢として片付けたいところだが、夢にしてはリアルすぎた。普通、夢やただの金縛りならば、覚めた瞬間「はっ・・・!なんだ、夢かぁ」っとなるはずだが、このときははそのようなことが全く無かった。いつもの金縛りなら器用に手足を動かしたりできないはずだが、このときは確かに手で物を掴むことができた。明らかに感覚に違いがあった。

 あのあとから、この体験をゆっくり思い返しては、何度もゾッとする。
 私が恐怖しているのは、あの生首を見たからではない。

 呪縛の中、必死の思いでつかんだデジカメのストラップは、開放され、現実の世界に戻っても、左手に握られたままだった。幻覚の世界と現実の世界が、見事にリンクしている。こんな創作の怪談話のようなことを本当に体験してしまったことが、ただ不思議でならない。


やっぱ今思えば、こわっ!(あの顔)