北海道の鯉釣り日記2024年 晩夏の円か 

釣行日時 8月24日14時~
8月25日18時  
釣行場所・ポイント名 茨戸川

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 地も空も豊かに彩られ、景色は初夏から晩夏へと変わってゆく。日常で匆々としていても、完治していない足が痛んでも、待ってくれない季節の移ろいを見逃さんと、広く札幌を見渡せる場所に赴いて仰ぐ。節句も忘れてしまうような只の街で機能するだけの人間にならないように、もっと心を広く持てるように、私はこうして煩雑な頭の中を片付けながら釣りを想う。まともに釣りが出来なかったこの夏。8月が終わる前に一度でも何かしたい。さあどうする?何をする?自分に問う。

 雨と雨の狭間に出来た晴天の休日。都合の良いことに、前日からの雨は止み、私が休みである2日間だけ晴れて後にまた雨が降る予報だ。ゆっくりと晩夏を楽しもう。

 夏季になると毎年通っている第二Nダムが気になるところだが、都合上、札幌からあまり離れたところへは行けない。ならば茨戸川はどうか。あそこも毎年訪れてはいるが、真夏に入ったことはない。他に入りたい釣り場もないし、ちょっと試してみよう。吉と出るか凶と出るか。決意のあと、目が茨戸の色に染まった気がした。

 13時、釣り場とするフィールドに到着したが、岸辺から沖へ約2~3mに渡って菱が広がり、そこにどこからか流れてきた、ショウブか、ガマのような抽水植物の塊が点在している。菱はまだいい。鯉を掛けた時にやっかいなのはこの抽水植物だ。これを何とかしよう。竿をセットし、ラインの先に三角オモリを付ける。やや沖に投げ、沈めてからラインを引き、植物に引っ掻けてこちらへ寄せる。あとは腕で岸に上げて邪魔にならないところへ置く。これを繰り返し、引っ掛かったら芋づる式に上がってくる菱もついでに片付ける。直射日光の中、大汗をかきながら、自分が竿を出そうとしている正面をカバーからオープンにすることが出来た。

岸際は植物に覆われていた 植物を取り除いてオープンに

 パラソルの下で2Lのミネラルウォーターをかぶ飲みし、続いてタックルセットに取りかかる。竿の塗装が変色しているのが気にくわないが、ロッドポッド、バイトアラーム、仕掛けと順調に用意してゆく。今回は特に奇をてらったことはしない。寄せエサとして「巨鯉Ⅱ」をベースに、「神通力」、ペレットを混ぜた夏の定番の動物系のものを撒き、食わせエサも動物系でいく。ブローバックリグに「ザ・ソース18mm」と「クレイブ15mmポップアップ」のスノーマンスタイル。ここは沖の方よりも手前でアタることが多いため、一番竿を岸から7mの水深4mラインに。二番竿は岸から5mの水深3mラインを攻めることにする。竿を振りかぶったキャスティングは必要ない。フリップで十分届く距離だ。気温は30℃、水温26℃となっている。

オモリ部
ユニット:コバートシンキングリグチューブ50センチ、コバートテールラバー、FOXセイフティーレッドクリップ

オモリ:スパイク30号 カモフラージュ

仕掛けブローバックリグ
 ハリス:エジスカモテックス セミスティッフ25lb
 針:伊勢尼15号

スタートベイト:ボイリー
 ザ・ソース18mm+クレイブ ポップアップ15mm


 セットの完了は14時近い時刻になったが、草刈り騒動で魚が警戒しているかもしれない。しばらくはアタリの期待はできない。だが、あちらこちらで魚が跳ねているのが見えるので、活性は高く、どこかしらのタイミングでアタると思っている。夏鯉に乾ききった心を潤してほしい。

 トンボが竿先に止まりたがって仲間と争っている。いいよ、好きに止まって。まだ竿は揺れないだろうから。彼らはナツアカネかアキアカネか、捕まえて観なくてはわからないが、本当に良い色をしている。そして水面近くにはエゾイトトンボだろうか、爽やかな青が行ったり来たり。カバイロシジミの優しく薄い水色、キアゲハとモンキチョウの黄色。足元からはシャリシャリと何かを削るようなバッタの声。遠い昔、大きな虫籠でイナゴを飼っていたことを思い出す。数え切れない程の彼らの息吹き。彼らと一緒に呼吸ができることに喜びを感じる。ただ川で釣糸を垂れているだけで、何故こんなにも心が綻ぶのだろうか。長らく釣りが出来なかったから、溜まっていた感情が溢れ出たというところか。

14時頃セット完了 穂先には真っ赤なアカネ

 時刻は18時をまわった。テントを設営し、今夜の寝床を整える。ここまでアラームは一度も鳴っていない。一番竿の仕掛けを回収してみたが、ボイリーに傷はない。続いて二番竿を回収しようとすると、竿を立てた瞬間にクサリと何かに針が引っ掛かった感触を覚えた。このポイント名物の流木だろう。しかもビクともしないし外せる感じでもない。仕方なくラインを切ることになった。やはり水深3mラインは攻め過ぎか。二番竿も一番竿と同じく岸から7mの水深4mラインに統一することにする。


 一ヶ月前より一時間早くなった日入り。初夏から鳴くカンタンの声をかき消すようにして、コオロギの秋の声が夏に囓りつく。土手を上がって見渡せば、音も届かない程遠くに打ち上げ花火。若かりし頃に行った夏祭りを思い出す。いつまで正直な気持ちで、この風情を感じられるだろうか。

 あれやこれやと物を思うも、思想の行き着くあてはなく、ただ、だらだらと流れ行く。そんな時に、被るキャップから垂れてきた蜘蛛に笑った。車に置いてあるブラックストーンを取りに行き、暗い窓に映るその姿は、柄にもなく葉巻なんて吸うカッコつけた、そして前より老けた私。こうして何か考えるも考えないも、眼を閉じていても開いていても、時計は容赦なく進む。そうやって人はいつのまにか老いる。こうしている間にも、ほら1分経っている。釣行中のことはこうやって書き起こしている。でも行と行の間にも経った時間がある。 「人生一秒も無駄にしちゃいけない」 とよくいうが、それは至難の技だ。


 21時。水がこちら側に小さな波を寄せている。土手下では気づかなかったが、南寄りの風が出ているということか。気温は21℃まで低下。肌寒さに秋めきを感じる。水温もいくらか下がっているだろう。夏ダレした鯉達の活性が上がることを祈る。ウグイすら来ない事が気になり始めた頃だ。もし仕掛けに何らかのトラブルが起きていては困る。回収し、ボイリー、仕掛け共に無事である事を確認した。水気を拭き取ったそれに、作り置いてあるソースの入ったPVAバッグを引っ掻けて再度投入する。

 このポイントでは夜よりも昼間の方がアタる事が多い。楽な姿勢で気ままに待とう。何か夏らしいことはできないかと思いたち、YouTubeで怪談チャンネルに繋ぐ。怪談好きな誰かが一緒に居れば、百物語と洒落こみたいところだ。心霊など信じていない私にも、いくつか面白い話がある。


 23時30分。明日は気温が上がり、恐らくテントで寛げる時間も限られてくる。早いうちに仮眠しておこうか。川から撒き上がった気嵐。滴るテントの入り口を開け、荷物を運び込む。寝袋に体を預ければ、虫の声がより近く聞こえてくる。夏虫と秋虫の四重奏。それは高音質で聴く音楽に勝るほど美しい。この中で眠れるというのは幸せなことだ。

 まだ暗いなか、喉の渇きを覚え、クーラーボックスにあるドクターペッパーを取りに外へ出るも、スウィンガーの位置さえ変わらずにタックルはそこにあった。まだ慌てることはない。テントに戻り、横になる。このまま午前7時を迎えた。


 昨日より雲が多く、南の風がやや強くなっている。岸際に浮かぶのは流れてきた抽水植物の塊。タモでそれをこちらに寄せ、腕で抱くようにして引き上げる。鯉とのファイト中にこんなのに突っ込まれてはやっかいだ。その後、ボイリーを新しいものに付け替え、PVAと共にキャスト。昨日の残りである寄せエサもダンゴ状にしてカタパルトで数個ポイントに打つ。日が高くなるにつれ、南寄りの風が強くなってきた。テントもパラソルも弄ばれている。ポールが痛む前に片付けるとする。


 パラソルがなくなると今度は日差しが痛い。風はあるものの蒸し暑く、水を飲むテンポも早くなる。土手の上の車の中でクーラーをかけて過ごそうか。携帯、飲み物、受信機を持って車へ移動する。

 11時40分頃。初めてアラームが鳴った。受信機のランプは緑。二番竿に反応。続け、止まるなもっと続け。こっちまで歓喜の声で叫びたくなるようなアラームに待ち焦がれていた。そして止まないアラームに鯉のヒットを確信。急いで車から降り、釣り場へ向かう。

 またもや流されてきてしまった抽水植物の塊があり、それがラインに絡んでいる。しょうがない、ラインを張って、まずは植物を取り除こう。竿を手放して寄せた塊からラインを手でほどき、再び竿を手にすると久方ぶりの鯉の感触が伝わってくる。しかし、春に石狩川公園で釣ったものと同じくらいの重さだ。現れた鯉をタモ入れし、何とかボウズを免れさせてくれたのは60cm台。期待していたサイズとは程遠いが、まずは釣れてくれて良かったと思う。


なんとかボウズ逃れ

 鯉をリリースした後、一番竿もついでに回収してみると、こちらのボイリーは、スノーマンのボトムであるソース18mmだけが小魚に囓られたような跡を残して返ってきた。魚全体の活性が上がり、寄せエサに小魚が集まってしまったか。今後、仕掛けを長時間入れっぱなしにするのは止したほうがいい。

 一尾目のヒットから一時間後の12時40分頃、また二番竿のアラームが私を呼んだ。今度のアラームも止まらない。しかし、釣り場へ降りた頃には竿の穂先が下を向いたまま動かなくなっていた。だが掛かりに入られたなどではない。小さいんだ。現れた鯉は60cm程の腹の一部が膨れ上がった個体だった。


二尾目も60台

 まだきっと来る。サイズアップは出来るだろうか。今年初の80upくらい釣らせてもらいたいところだが、また小鯉の連続ヒットの波に乗ってしまったように思える。

 15時まで待つが次が来てくれない。エサ持ちのチェックのために仕掛けを回収しようとすると、またしても二番竿の針が障害物を捕えてしまった。今回二回目のロスト。ラインから切れてしまったのでリグチューブを通すところからのやり直しになった。一番竿は無事回収でき、ボイリーに傷はない。小魚は散ったようだ。次のヒットがなければこれが最後のエサ換えとなる。残す時間も僅かになった。アラームはまた鳴ってくれる。まだそう信じていられる。信じる力が心を強くする。


こういうのがすぐ流れてくる

 終了予定時刻は18時としている。残り二時間。集中して待ちたいため、もう必要のなくなった荷物は車に載せ、片付けの手間を減らす。水深があるとはいえ、ポイントはすぐ足元。気配を察知されないよう、釣り場ではなく引き続き車の運転席でアタリを待つ。あとはダッシュボードのスマホスタンドに預けた受信機の応答を願うのみだ。何となく、二番竿の緑のランプがまた音と共に輝く気がする。

 携帯の画面をのぞきながらでも、心は油断していない。受信機はすぐ目の前にある。少し目の向きを変えるだけでピントが合う。いつでもいいよ、来い。


 16時50分。一番竿の青のランプが点った。しかしアラームは続かない。ウグイか?しばらく様子を見るが、また鳴り出すことはなく、ウグイが掛かってしまったなどではないようだ。

 雲から抜け出した太陽が木漏れ日を作り出す晩夏のひとコマ。あまり鳴くのが上手ではないように思えるエンマコオロギの声が秋の訪れを語る。夏と秋の狭間の時。昼と夜の狭間の刻。この釣行を終えたら、また暫くの間、竿を出せないかもしれない。だから、この時間を大切にしたい。

 残すところあとわずか。受信機が一瞬反応し、緑のランプが点いたが、これもまた続かない。多分竿先がノックされるような、ただそれだけの異変なのだろう。仕掛けを回収してエサ換えをしようか迷ったが、このまま釣り場に近づかない方を選んだ。


 いよいよ終了7分前。釣り場へ降り、地べたに座りながら竿を眺める。最後の鯉が目の前でヒットし、スプールが回転しないだろうか。最後の一秒まで諦めない。

 もう残り2分といったタイミングで二番竿の穂先がコツリと曲がった。送信機も鳴らさないような小さなアタリ。小型のウグイか、鯉の空アタリか、二番竿はそれきりピクリともしなくなった。

 暗くなり始めた。もう終了時刻をオーバーしている頃だ。ダメだったか。一番竿から回収。やはりボイリーが削られている。何かに突っつかれていたのだろう。アラームが一度鳴ったのはこの為か。二番竿も手に取る。そしてその感触から、あれ?と違和感を覚えた。何かが掛かっている重み。流木ではない、そして動き出したそれにウグイでもないことがわかる。ラインの先で大暴れしているのは小鯉だ。乾いたタモをまた濡らして捕える。50cm程の小鯉がマットの上を転げ回っている。最後にアラームが一度だけ鳴ったのは40分くらい前だ。そして先程もコツンと竿先をノックされた。いくら小さいからって、50cm近くある魚が掛かればもっとアラームを鳴らすだろう、普通。茨戸はたまにこういう事がある。掛かってから首すら振らなかったのか?掛かった事を自覚していたら鯉なら走るだろうに、周囲が流木だらけだから安全地帯にいると思って身を潜めていたのか。いつからそこにいた?なんだか、笑ってしまうような終わり方だ。これもこれでまた味か。

 石狩川公園などではないのだから80台の期待すらしていたのだが、私の釣りなら得てしてこんなもんか。でも楽しかった。終盤はアタることを信じて、窮屈な思いなどせずにピュアな気持ちで遂行できた。おかげで夏の最後の景色も、音も充分に堪能した。楽しかったという事実があるなら、それで良いではないか。大型が釣れないからって言い訳しているように聞こえる?ごめんね、さっきまで気づかなかった。だって誰に何を言い分ける?言い訳をしたってそれで得する事はない。

 それに少し思った。今回は大型を釣りたいという願望より、鯉を釣りたいという純粋でささやかな気持ちでここに来た。もしかしたら願望は少ない方が良いのかもしれない。世界は自分に併せて都合よく動いてはくれないものだし、そこに願望を多く散りばめてしまえば、叶わない度に不幸だと思ってしまう。私の釣りにネガティブな言葉はいらない。帰ろう、次のポジティブを想いながら。