釣りに行きたかった。

 小学生の頃、一人で川や海に行くことを禁じられていた。

 そもそも家の近くに魚がいるような川や沼もない。

 釣りにはたまに父親に連れて行ってもらい、それがとても楽しかった。

 だけどインドア派の父親の腰は重く、なかなか連れて行ってもらえなかった。

      

 釣りに行きたい。けど行けない。

 ニンテンドー64の釣りゲームと、魚の図鑑や釣りの入門書を

 小遣いや親にせがんで買ってもらい、イメージだけを膨らませる毎日。


 そんなあるとき、祖母の家で暇を持て余したボクは虫採り網を片手に散歩へ。

 祖母が野菜を作っている畑(以下:魔窟)に集まる蝶を狙ってウロウロしていたのだが、

 そんな時、あるものが目に入った。


 魔窟のそばにある謎の水路。


 水は流れておらず、農業用水路というわけでもない。

 長い間使われていないために底は陸棲植物や虫に侵食されている。

 ただ最下流にあるプールにはいつも茶色い水が溜まっていた。

 小さい頃からその存在を知っていたが、

 キモイ!

 くらいにしか思っていなかった。

 いつもどおりにキモイ!と思いながら、何気なく奥にあるプールを覗くと・・・


魚がいた。


驚いた。何故こんなところに魚が!?うそ?なんで?え?・・・・・え?

 しばし硬直。

 お婆ちゃんの家から徒歩範囲に魚がいる・・・。

 今まで考えもしなかった衝撃の事実。


 ボクはすぐに祖母の家へ走った。釣りたい衝動に駆られたのだ。

 しかし祖母の家に釣り道具なんてない。

 そこで祖母の庭(以下:魔界)にあった細い竹に目を遣った。

 それを竿にするつもりだ。

 そして次は糸。これは祖母の裁縫糸でなんとかなる。

 一番の問題は針だ。

 使えそうな物といえば祖母の裁縫針だが、

 それをペンチで曲げるのが意外と難しい。

 小学生であり、非力なボクにはそれは大変な作業。

 力任せにやれば綺麗に曲らずに折れてしまう。

 何本かの裁縫針を折り、マチ針を使ってやっと完成させたのが

 フカセ針20号ほどの大きさのある歪な形をしたもの。

 オモリとして石を裁縫糸にテープで巻きつけた。

 魔界からミミズを掘り出し、いよいよ魚を釣りにいく。


 ワクワクドキドキしながらキモい水路のプールに仕掛けを投入。

 するとオモリ(石)の重さに負けて裁縫糸が切れた。

 終了。


 ・・・・。


 戻って新しい糸を持ってくるのはいいが、また裁縫針を曲げる作業はごめんだ。

 というか、これ以上裁縫針を曲げたり失くしたりしたら祖母にバレる。

 なんとかならないか。

 道路の際に針金を見つけた。

 それを曲げ、ハンガーのフックほどある針が出来上がり。

 よし!

 祖母の裁縫セットから糸をボビンごと盗み出し、その針を縛る。

 それにエサのミミズを・・・ミミズが付かない。

 だって、冷静に考えたらこれ針じゃないもの。

 先っぽが尖がってないから、これ針とは言えないもの。




 終わった。

 もう何も思いつかず、その場に突っ伏した。



 その話を両親にしてみたが、最初は信じてもらえなかった。

 あんなキモい水路に魚なんているものか。

 だが、母が魔窟へニンジンを採りに行った際、その魚を目撃。

 父に頼み、本物の釣り具を持ってきて貰った。

 そして釣り上げたのは10センチほどのウグイ。

 最高の気分だった。

 なぜこんなところにウグイがいたのか・・・。

 わからないがそんな事どうでもいい。

 自分の徒歩範囲で魚が釣れる。

 その事が嬉しくて嬉しくて・・・。

 ボクは暗くなるまでウグイを釣り続けた。

 親父も一緒に釣り続けた。

 通りかかる人々も、こんなところに魚がいたのかと驚いていた。

 一方その頃、祖母の家で飼っていた猫が死んだ。


 この水路なら、一人で釣りをしてもいいよね?

 母親からOKが出た。


 興奮が冷めない。嬉しくて仕方がない。

 お婆ちゃんの家に行くたびに、釣りができるんだ。



 だが、次に行ったとき、

 水路のプールは埋められていた。

 埋められ、分厚いオレンジ色の蓋が施され、釣りができなくなっていた。

 なんでもボウフラが湧くから埋めたらしい。

 ショックで。悲しくて、悲しくて。

          


 数年後、小学校高学年になった。

 そして母親からモエレ沼での釣りの許可が出た。

 毎週土日、バスを使ってフナを釣りに出かけた。

 死にもの狂いで雨の日も釣りをした。

 冬になっても、凍りはじめている水面にウキを浮かせた。

 全てが解放されたのだ。

 枷が外れたようだった。



 それが、今現在の私の釣りのベースとなっている思い。

 釣りができることをこの上ない幸せに感じた。

 そして今はそれを満喫している。

 私は誰よりも釣りを楽しむ。

 キャリアからして、私は釣りが下手くそだ。

 だけど楽しむ事は上手いと自信を持って言える。

 これからもずっとずっと、いろんな形で釣りを楽しもう。

 本気になって取り組める趣味があるという幸せ。

 だから私は一度一度の釣りを無為にしない。

 写真を撮って、その一度一度を記憶にとどめる。

 ただ時間があるからって釣りに行くのは好きじゃない。

 片手間な釣りは好きじゃない。

 釣りに行く前日の夜は眠れない。

 それくらい楽しみにして、そして迎える出発の時。

 その時の言葉にしようのない気持ち。

 釣れないからっていちいち怒ってる人。

 自分が釣れないからって、釣れた人を恨む人。

 自分が釣れたからって、釣れない人を見下して笑う人。

 釣り人同士で戦っていがみ合って、本来の相手は魚だって忘れてる人。

 折角の休日なのに、イライラする事多くない?

 まあ、本人達が楽しいと思っているのならそれで正解なのだろうけど。


 どんな時でも楽しそうに釣りをする人が好きだ。

 折角の趣味なんだから、楽しもう。それが幸せだって何度でも気付こう。