鯉釣り日記2022年 望月寒‐本気・第2章

釣行日時 5月14日11時~
5月15日19時 
釣行場所・ポイント名 望月寒川

第2章

 天は高く萌す緑が潤しい。そんな始まりの季節の中で私は震盪を隠せずにいる。初釣りで、信じていた川での初のボウズ。それもこれまで以上の時間をかけて、考えに考えて成す術がないというところまで追い詰められてのことだ。80台が一尾でも釣れれば、さかしらに誰かに写真を送ってやろうなんて考えていたのが本当の馬鹿のようだ。しかしこうまで釣れないとなれば、川が変相しているのだろうか。ただ黙ってはいられない。調査する必要がある。


 5月5日

 これまでこの望月寒川では、4月半ばにもなれば食い気のある鯉が大小問わず多く入ってきて、短時間の釣行でも2~3度のアタリを貰えていた。季節的に早すぎるということはないはずだ。前回釣行(第1章)から6日後の5月5日午前、竿は持たずに調査のためにいつものフィールドに足を踏み入れた。


5月5日 調査のためにまた望月寒に訪れた

 前回釣りをしたポイントから下流に向けてゆっくりと歩きながら水中の様子を窺う。だが、前回同様に鯉達はいつものふるまいを見せてくれなかった。全くいないわけじゃないが、明らかに入っている鯉が少ない。

 前回の釣行で最初に釣りをした場所に、一人の老父が竿を出した。如何にも玄人と思しきその人物に尋ねてみる。川はどうなっているのか。

 老父は昔から望月寒界隈で竿を出しているという。私と初対面なのは、釣りをするタイミングがずれているからだった。

 「鯉の数、今日はやけに少ないですね」

 「これから上流の再生プラザの水門が開く、そうすれば鯉が昇ってくるから」

 その言葉に少し安堵した。玄人が機宜があると言うのだ。私も少し時間を置いてまた観察に来るとしよう。


玄人の老父 機宜はこれからあるという

 水門は開いたのだろうか、川の水位はあまり変わっていないように見える。昼を過ぎてからまた老父を訪ねる。

 「どうですか?」

 「今日は駄目だ。鯉が全然上って来ない」

 やはりそうなのか。更に老父はこう続けた。今年になってから4回ここで釣りをしたが、釣れたのは一尾だけだという。つまり三回連続でボウズを被っているということだ。

 「多分、今年は時期が遅れているんだ。5月半ばになれば産卵で戻ってくるはずだ」

 2018年に産卵行動が見られたのは5月19日の事だ。私もその時期まで待ってみるか。川に何が起こっているのか。何らかのきっかけで鯉のサイクルが変動しているのかもしれない。

 そのきっかけとはなにか、気になる事が一つある。それは「望月寒川放水路トンネル」工事である。望月寒川は古くから氾濫を起こす暴れ川と知られており、2014年9月の集中豪雨では、道路冠水や床上浸水の被害があった。それ以降の対策として稼働したのが望月寒川放水路トンネルの施工だ。調べてみると、「望月寒川放水路トンネル」は今年3月末に工事が概ね完了し、4月から供用を開始したようだ。ソースのない情報だが、この春の雪代による増水も1/10程度に減らしたという。2018年の釣行時と比べて、特に水量が大幅に変わった様子は見られない。水温も平年通りといったところだ。しかし、上流でのそのような変化が鯉のサイクルを狂わせている可能性があるかもしれない。

 5月の半ばかそれより前に改めて釣行しよう。次に自由に動けるのは5月14~15日。流石に産卵準備のために鯉が入ってきても良いはずだ。そこでもう一度同じ場所、月寒川との合流の直前あたりで試してみることにする。その場所に拘るというより、そもそもこれ以上上流では川幅は更に狭くなり、好調時であっても鯉は少なく、車を止めるスペースもない。故にどうしても合流付近で、ということになる。そしてそれでも釣れないのであれば・・・悲しいが、春の定番と認知していた望月寒川は、釣れない川と変容してしまったと認めるしかない。だが、認めるにはそれ相応の事をしなくてはならない。つまり、本気で長時間の釣りをするということだ。

 5月13日 釣行前日 夕方
 
 下調べとフィーディングのため、また望月寒の土手を降りた。日が傾いているためよく見えにくいが、またしてもいつもの場所に鯉はいない。昔から合流付近で鯉が少ないときは、200メートルほど上流の排水機場付近に鯉が溜まっていることがある。それを期待して遡上するも、ここにも鯉はいなかった。

200メートルほど上流の月寒排水機場 ここに鯉が溜まることが多かったのだが…
排水機場横の水路も鯉が溜まっている事がある しかしここにも鯉はいない

 長くついた溜息は絶望によるものか、覚悟から生まれてくるものか、自分でもよくわからない。無言になるばかりだった。フィーディングのためのコーンを持ってきているが、これを撒いても効果はないだろう。しかし釣れない川となってしまったとは簡単に認めたくない。サイクルが変わっているだけ、時期がずれて、普段ここで釣りをしなくなるタイミングで釣れるようになるのかもしれない。もう何度か、きっちりやってみる必要がある。

 5月14日午前11時

 竿を背に下りる土手には既に桜の花は咲いていなかった。今は開花時期の遅い八重桜の花びらが住宅街の木と地面を彩っている頃だ。

 前回と同じポイントで竿を出すが、その足場にもイタドリが生えはじめていた。強靭な茎、高い成長力と繁殖力を持つこのイタドリは、イギリスでは「悪魔の植物」と呼ばれるほど恐れられている。岸辺を覆うその小悪魔たちを刈り、場所を空けてもらった。

 偏光グラスを通して見える川の中の世界。そこにも長く伸びた水草が川の真ん中から対岸にかけて多くたなびいている。そしてその隙間に光が通り過ぎる。鯉のスクールだ。昨日よりはマシ、そう、少しマシなようだ。早速荷物を解く。

 まず設営するのはハーフテント。今日も北西の風が強く、それに撃たれながら長時間を過ごすなど私にはできない。ガイドにラインを通した竿を立てかけ、その内部で仕掛けを組む。今回はコーンではなく、最初からボイリーでやってみることにする。

オモリ部(セイフティーボルトシステム)
ユニット:タングステンリグチューブ50センチ、コバートテールラバー、カープセイフティレッドクリップブラウン

オモリ:円盤30号 カモフラージュ望月寒.Ver

仕掛け:(ブローバックリグ)
 ハリス:エジスカモテックスマット25lb(ブラウン)
 針:伊勢尼14号

エサ:(ボイリー)
 ザ・ソース18mm+ザ・ソースポップアップ15mm

 水草が多量に生えてしまっている今、鯉はそれをかわすために真っ直ぐ泳げない。いつものようにコーンなどを大量に撒いても、うまく仕掛けまで鯉を導くのが難しくなる。そこで過度なフィーディングをせず、アピール力の高いボイリーを多めの寄せエサを詰めたPVAバッグと一緒に投下し、水草の脇に忍ばせる方法でいく。ここの鯉は警戒心が強いが故、同じ場所に長時間留まってエサを喰わない性質があり、PVAやダンゴエサなど一か所に大量のエサがあるという状態では、少しだけ口にしてすぐに去ってしまうことが多い。しかし今、これだけ水草が生えていれば、それに頭上を守られて警戒心も薄くなり、そのセオリーも必ずしもではなくなる。今回はPVAバッグで喰わせの近くに強く寄せられるエサを配置し、鯉の視覚と嗅覚に任せて待つ。それを確実なものにするために、PVAに詰める寄せエサは流れに負けないよう、カットしたボイリーを使う。食わせはよりアピール力を高めるため、スノーマンスタイル。下にザ・ソースのボトムタイプ18mm、上にはザ・ソースのポップアップタイプ15mmを配置させた。針には重量がある伊勢尼14号を採用し、水中でポップアップの浮く力を制御して、二つのボイリーが針の上で起立する形になる、いわゆるワフターのバランスにした。それでも流れの強いこの川では仕掛けが安定しない可能性もあるため、ハリスにはタングステンパテを針から2センチ程のところに付けておいた。

PVAに詰めるのはカットしたソース 流れ対策 落としオモリもカモカラーに。出来ることはやる

 一番竿を流心近くの草の際に、二番竿は下流にある岬状に岸がせり出している浅場のポイントに打った。浅場の二番竿には落としオモリを施すが、それもカモフラージュカラーに変えている。今回も思いつく限り出来ることはやりたい。水温は17.5℃と前回よりも高めである。もう産卵に適した水温になっているはずだ。


二回戦目 どうなるか…

 2時間が経過した14時。両竿共に仕掛けを回収。ウグイなどに悪戯された形跡は残っておらず、ワフターのバランスも保たれている。これなら長時間持たせられるだろう。大丈夫だ。やれることはやっている。

 それでも苦しい釣りであることに変わりはない。テントに下で、指で滑らす電子書籍のページは進む。そしてそのまま、何事もないまま、一冊を読み切ってしまった。顔を上げれば、17年前からいつもそばにあり、絶対に釣れる望月寒川がこんなにも冷めた表情をしている。何処かに優しさを求めて、立ち上がり、「鯉を警戒させないよう、不意に川面を覗かないこと」という禁忌を犯した。それでも逃げてゆく鯉の姿は見られない。

 じっとしていられず、対岸へと足をのばす。釣り場からでは見えない対岸の岸沿いに鯉がいるのではないか。しかし無情にもあの雄々しい姿はない。

対岸へと渡り様子を見るが変化なし 対岸から釣り場を望む

 雑誌「CarpFishing」からの依頼でこの川を釣れると紹介した。そしてそれは書籍化もされている。だが、これだけ釣れなくなってしまっては読者に申し訳ない。ここまでアタリがなく同じボウズを食らうなら、夏のダムでのシビアな釣りの方がよっぽど気が楽だ。

 残るは夜だ、夜に変動があることを期待・・・いや願おう。今日も5人用の大きなテントを立てる。天気予報は嘘つきだ。全然北西の風が止んでくれないじゃないか。暗くなる釣り場、飛ばされんとはためくテントの天幕。そこに明かりを入れ、圧迫感のある空間にひとり、組み立てたベッドの上で横になる。


 20時を過ぎた頃、突如として受信機の一番竿のランプが灯った。どうせラインにゴミが引っ掛かって反応したんだろう。だがアラームは鳴りやまない。来たのか?ジト目で見ていたランプにピントが合う。そうか、やっと来てくれたのか。立ち上がり、テントのファスナーを開けて駆け出す。この川は狭い上に障害物が多く、走らせてよい範囲にも限りがある。本来ファスナー付きのテントでゆっくりアタリを待てる場所じゃないんだ。それを思い出し、竿に飛びついた。

 意外にもヒットからここまであまり走られていなかった。点在する水草が魚の走りを制御してくれているようだ。さぁ、絶対に逃がすな。魚は水草の壁を頭でこじ開けるようにして進んでゆく。だがこちらからテンションをかけるとすんなりと寄ってきた。小さいのだろう。ただ、仕掛けは今年初めて導入したバランスのものだ、緊張は続く。出来るだけ丁寧に魚をいなし、タモに導きいれた。上がったのは60台のレギュラーサイズ。フッキングは理想通りにワイドゲイプが口を大きくキープしている。

レギュラーサイズ。やっと来てくれた フッキングは完璧だった

 やはり夜に分があったのだろうか。いや、アタリが連発してくれないとまだわからない。だが希望が持てた。とっくに暗く見えなくなってしまっている川面の下にまだ鯉がいるような気までしてくる。一番竿、二番竿ともに新しいボイリーに付け替え続行する。

 23時15分。おめき叫ぶ二番竿を手に取った。今度はこちらも戦闘準備ができている。掛かっている魚は先ほどのものと大して変わらないだろう。ライトの先に浮かぶは60台の鯉だ。フッキングが完璧であることを確認してから大きく空気を吸わせ、タモへ誘う。

二匹目 これも60数センチといったところ 次に備えてすぐにエサ替え

 アタリのペースは早くない。だが、一番竿、二番竿共に釣果があった。ここは夜釣りのフィールドになってしまっていたのだろうか。そろそろ深夜帯だが、ここからが本番だ。疲れているのでベッドに横にはなるが、ライトは消さず、いつでもテントから飛び出せるよう、ベッドから入り口にかけて障害になるような物は排除した。

 午前2時過ぎ、三度目のアラームがテントの中で鳴響する。今度は一番竿の青のランプだ。ファーストランこそ勢いよくラインを出しだようだが、恐れるほど遠くまでは行っていない。竿を絞ると十数メートル下流で魚が暴れる水音が聞こえてきた。こちらから寄せのモーションに入る。この川での鯉とのファイトは竿を寝かせるようにしてテンションをかけることが多い。水深がないため、魚はすぐに上を向き、スタミナが残っている状態で水面で首を振る。そんな時にすっぽ抜け、口切れが起こるのが怖いので、姿勢を低くして魚が弱るのを待つ。今回もそんなファイトをしながら、少し背の曲がった70センチを手にした。


三匹目 背の曲がったギリ70

 水温は夕方から16℃で安定している。夜は上流からの排水がなくなって分が悪くなるのではないかと思っていたが、そうでもないようだ。


 午前5時。朝は静かに訪れた。小鳥の囀りが覚醒した耳に届き、目を開けると、もうすっかり明るくなったテントの天井が見える。一晩中点けっぱなしだったライトはもうバッテリーが消耗している。天気は良く、風がないものの身体は冷え、気温が一桁であることを肌で感じる。ジャケットとズボンを更に重ね着して釣り場へ降りると、上流に穂先を向けた一番竿が目に飛び込んできた。やってしまった…。竿を手に取りラインを張るが、その先にはビクともしない何かがある。魚は掛かっているのか?どうなっているのか、仕掛けは全く動かない。バイトアラームを自分で鳴らしてみる。テントの中の受信機は問題なく作動した。いつの頃か、鯉がヒットしたのだろう。だが、しばらく鳴りやまなかったはずのそのアラームが耳に届かないほど、いつのまにか深い眠りに落ちてしまっていたらしい。嫌な溜息を付きながら、辛い思いをしながら、もうどうしようもなくなっているラインを切った。


 切ることになった一番竿の仕掛けを組みなおし、二番竿もエサ換えをする。こちらはヘアからポップアップのボイリーだけが無くなっていた。これまで使ってきたどのボイリーも、ボトムタイプよりもポップアップの方がエサ持ちが悪い気がする。しかし18mm+15mm、計33mmのダブルベイツだと、ここに生息するサイズのウグイくらいなら齧られても針掛かりまではしないようだ。

 さて、夜は終わった。エサ換えの際に見た水中にはまた鯉の姿はない。この川が夜釣りのフィールドとなってしまっているのなら、これで終わりだろうか…?だが、食い気のある鯉がいることが分かったので、また夕マヅメまで粘ってみることにする。やれるところまでやり切ろう。水温は16℃。水位も夜から変化はないようだ。テントはまだ憩いの場として畳まないでおく。それに正午近くに小雨が降るという予報も出ている。



 思っていたとおりに昼間になってからアタリはなくなった。時折、特に二番竿のアラームが単発で鳴ることがあるが、これは流れてきた水草の葉がラインに触れてのことだろう。コーンを使うと必ず掛かって来る小型のウグイを相手にしなくてはならなくなるが、ボイリーだとその手間も省ける。しかし集魚力が強いザ・ソースでもほとんどウグイに悪戯されないのは少し不思議だ。これも川の変容のひとつなのだろうか。

二番竿の緑のランプが頻繁に灯るがゴミによるもの アタリがなく電子書籍が進む

 天気予報はまた嘘をついた。午後から雨だと言っていたのに、暖かく、やわらかく、優しく晴れているではないか。時刻は18時30分を過ぎた。夕マヅメ…。もっとここに居たい。次の夜も見てみたい。風が息を切らせるように吹き出した。だが、いい加減もう納竿しなくてはならない。

 テントの撤収準備に取り掛かっていると、一番竿のスプールが激しく回りだした。水面を切るライン。魚は水草の下ではなく上を走っている。これまでのものより少し重いか?だが特に問題になるようなことはない。下流にある障害物からも離れている。間合いを詰め、魚が顔を出したところでネットイン。少しタイミングが早かったか、鯉は残していたスタミナでマットの上で暴れまわった。これも70センチといったところだ。

撤収間際の19時にヒット やはり暗くなる時間帯か 70センチ台 今回の上がり鯉

 やはり夕マヅメから朝マヅメまでの暗い時間帯にチャンスが多いようだ。出来る事は何でもやる、それが功を奏し、変転した望月寒川でも釣ることができた。大きなテントまで立てて34時間、「本気」で向き合う。そして鯉のサイクルが変わり、釣りやすいタイミングが昼から夜に移り変わったことがわかった。今回も2018年以前のように明るい時間帯だけのワンデイフィッシングだったならボウズを食らっていた可能性が高い。前編での釣行で17年の間信じていた川での初めてのボウズ。そのショックが私を掻き立て、二連続のボウズを免れた。

 川や沼の状況の変異による魚のサイクルの変動や不調。それが起こっているのはこの望月寒川だけではない。上流での工事によって創成川も石狩川も、聞けば千歳川もそうだという。そして石狩川公園、篠津湖、雁里沼も第二Nダムなどの止水域でもそうだ。多くは釣り人にとって都合の悪い方にばかり状態が変わっている。「昔はよく釣れたんだ。でも今は…」なんて暗い話ばかり聞く。それを受け止めてどう対応するかだ。本気を出して釣りをし、知って、考え、釣り方を変えるか、駄目だと判断して新たな場所を開拓してシフトしていくか。判断材料を得るには手を抜かずに釣りをしてみる事が必要だ。話はそれから。鯉は「一日一寸」という世界の、放流が行われている用水路を除けば、そもそも釣れない魚だ。フィールドの引き出しは多く持つべきであるが、そのそれぞれで多くの時間を費やさなければならなくなる。まったく、困った釣りに手を出してしまったものだ。