鯉釣り日記2022年 望月寒‐本気・第1章

釣行日時 4月29日10時~
4月30日17時 
釣行場所・ポイント名 望月寒川
第1章


 セピアな世界に緑が芽生えた。あれほど攻撃的で暴力的だった豪雪も、息吹を与えられたクロッカスに割かれ、その花は勝利を掲げるように誇らしく咲く。そんな花に足を止められ、うたた寝してる場合ではないと心のスイッチが切り替わった。

 去年の香りのままのタックルボックスのファスナーを開け、今年の空気を取り入れる。今年のテーマを吹き込めながら新しい仕掛けを結ぶ手は心なしか躍ってみえた。

 去年からこの春にやってみたいと思っていた釣りがある。それはこれまで短時間でしか釣りをしてこなかった望月寒川での長期戦だ。望月寒に行くようになったのは遥か17年も前。そしてこれまでの釣行の全てが、昼に来て夕方に帰るというものだった。つまり私はこの川の夜を知らない。ならば一度泊まり込みの釣りをしてみてはどうだろう。そんな思いが頭にあった。

 長期戦となればいつものちょい釣りとは違う。最大限の努力をする本気の釣りだ。とはいえ、細く小さいあの川だ。大鯉の見込みも薄い。それでも一度このテーマでやってみたい。別に子鯉ばかりでもいい、賞賛され紙面を飾るような釣果でなくていい。長時間やりつくして、色んな時間の望月寒を見てみたい。それを今年の初釣りとしよう。

 時期的には少し早いかもしれないが、過去のデータを見返す限りこの時期からでも釣果を貰えている。そして、もたもたしていたらあっという間に水草が伸びてしまう。それは鯉がエサを見つけるのを阻害しかねない。そうだ、今のうちにやろう。





 4月28日 釣行前日
 
 数年ぶりに訪れたフィールドはあの時のままここにあった。ここは変わらなくて安心感を覚える。まだ足元の草の伸びきってない川岸。偏光グラスで目を覆い、そっと水面を覗くと、小型の鯉が私に気づいて逃げてゆく。その数5匹といったところか。良い感じなのではないだろうか。これなら明日の釣行も期待できる。

 水草はあるが、まだ伸び切っていないようだ。スイートコーンの缶詰を開けてタッパーに移し、明日の下準備のためにフィーディングをする。アピール力を高めるため、コーンの入ったタッパーに「モンスタータイガーナッツ レッドアモ」のリキッドを入れて蓋をして軽く振り、それを明日竿を出すと決めた場所から下流にかけて撒いてゆく。コーンは流れに泳がされながらやわらかく水底に着地した。しかしある程度撒いたところで異変に気付いた。水底で煌めく光。銀鱗だ。まずいと思った。リキッドの集魚力は思ったより強力で、あっという間にウグイを寄せてしまった。本番でこれをやらなくて本当に良かった。さもなくばウグイにやられて喰わせが持たないという事態になっていただろう。釣行前に次回の釣りを予想してセッティングするタックルバッグ。その中からリキッドを外しておく。

前日 リキッド入りコーンをフィーディングするが… リキッドコーンを撒いて様子を窺うと…



 4月29日 釣行当日

 昨晩までやかましく吹いていた風は力を落とし、到着した釣り場は穏やかな佇まいを見せた。午前10時。ロッドを背に土手を下り、迎えてくれる咲く桜に挨拶をする。ペンダントにぶら下げている偏光グラスを外し耳にするが、昨日と特に変わった様子は見られない。白い空の天井を仰ぎ、思い切り背を伸ばして深呼吸。新しい空気を血に巡らせ、セットに取り掛かる。時間もたっぷりあるし何にも焦ることはない。ちょい釣りでしか入ったことのないフィールドでの長期戦。不思議な開放感をも覚える。

 ハーフテントを広げ、ロッドをそれに立てかけながらタックルを組んでゆく。またスイートコーンの缶を開けてタッパーに移す。間違えてもリキッドなどは入れない。針はシャンクの長めなNGST-2を選んだ。ゲイプは狭いが軸にコーンをたっぷりと付けることができる。今のところ私はワイドゲイプ・ショートシャンクの針を理想しているが、シャンクの長めの針もこういった面での有効性があるため捨てているわけではない。

オモリ部(セイフティーボルトシステム)
ユニット:タングステンリグチューブ50センチ、コバートテールラバー、カープセイフティレッドクリップブラウン

オモリ:円盤30号 カモフラージュ望月寒.Ver

仕掛け:(1本針)
 ハリス:エジスカモテックスマット25lb(ブラウン)
 針:ST-2

 綺麗に整えた仕掛けをフリップでポイントへ送る。竿は2本。一番竿は水底のブロックの際。二番竿は朝方に鯉が寄る浅場から少し距離を置いた場所に入れた。流れは速く、切れた水草などが絡んでくるため落としオモリを施す。もちろんこれは寄って来た鯉がラインに触れて警戒するのを防ぐ効果もある。ウグイにやられる分も考えて少し多めの量のコーンを柄杓で撒いて寄せエサにし、あとはバイトアラームの電源を入れて完了だ。

この川ではほとんどをコーンで釣っている 落としオモリも通しておく

 この釣りは岸に寄っている鯉を散らしてからタックルを組む。いくら気を付けようとも、足元の鯉を警戒させずにセットするなど不可能だ。その散った鯉が戻ってこなければ釣りにならない。それはいつになるか…信じて待つだけだ。しかし、前日より鯉の魚影が薄い事が気にかかる。今回はセット中に散らす、というより最初から60センチ台が2匹程いるだけだった。2018年の初釣りでは鯉の食い気が落ちるタイミングで竿を出してしまい、ボウズではなかったものの、その後は絶望的に釣れなくなった。また何かの拍子で釣れないパターンに落ちるのではないかと少し不安もよぎる。


 開始から2時間が経過した。エサ持ちのチェックのため2本とも仕掛けを回収してみる。針に付けたコーンは3粒。それがどちらも2粒に減らされて返ってきたが、ウグイに弄ばれてすぐに空針になってしまう状況ではないようだ。新しいコーンを付け替えて同じポイントに投入。寄せのコーンも少し追加しておいた。

 気温は13℃前後と低いが、水温は開始前から16℃で安定している。この時期としては良い加減だろう。背後からの風をハーフテントに護ってもらい、心臓が高鳴る刹那を待つ。舞う鳶は揚揚と、囀る小鳥は歌うように春を謳歌しているように見える。よく知っている場所での初釣りは良いものだ。冬の間、日々ため込んできたフラストレーションを落ち着いて消化していってくれる。竿の前、テントの下、足元には私物を入れる釣り用のピクニックバッグ、その上にバイトアラームの受信機、ポケットにはスマホではなく記録用のカメラ。忘れるほど憧れた情景を今手にしている。



 時刻は14時を過ぎた。待てよ……アタリがやけに遠い。開始直前に目にした魚影の薄さから疑っていたものの、今回はこれまでの釣行とは少しイレギュラーかもしれない。そもそも、ちょい釣り 「ちょっと来て数匹釣って帰る釣り」 のフィールドであるのに、ちょっとも釣れてないじゃないか。偏光グラスをかけて水面を少し覗いてみる。しばらく見ていると小型の鯉のスクールがひとつ、ふたつ。こういった鯉は食い気がない。単体でエサを貪るような鯉の流入がほしいが、数も少ないし、食い気も悪い。今日はこういう日なのか?

 心苦しくなり、エサを変えてみることにする。コーンから集魚力があり、また憎たらしいほどに元気なウグイの攻撃にも耐えられるボイリーを使ってみよう。タックルボックスからダイナマイトベイツ「ザ・クレイブ 15mm」を取り出し、15mm用ブローバックリグに取り付けた。ここでボイリーを使うのは初めてのことだ。やってみよう。


アタリがやけに遠い ここでボイリーに変える

 コーンと同じように、投入してその周辺にボイリーを柄杓で撒こうかと考えたが、ボイリーともなるとコーンのように大量に撒いては使えない。PVAバッグに同じクレイブを10個ほど入れて包み、針に引っかけて投入した。水中で溶けたバッグは中のボイリーを露出させ、川の流れが丸いボイリーを下流へと転がす。食わせの周りと少し下流にいくつかの寄せエサがあるという、コーンでの寄せ方と少し違うが、これはこれで理想的なポジショニングが出来る。水分のあるスイートコーンではできなかった戦法だ。

 時間は15時、16時と刻々と夜へ向かってゆく。いつもならもう釣果を得て撤収するタイミングである。それがどうだろう、もし今日がそのつもりの短時間釣行なら、ここで 「初めてのボウズ」 を食らったことになる。そう、ここまで釣れないのは 「初めて」 なのだ。

 このままではまずい。少し上流から川岸を歩き下ってみる。確かに鯉は少ない。そして今竿を出しているポイントを通過して少し下流の淀みを覗く。居た。ここには7匹ほど溜まっている。ここで竿を出し直そう。エサを変えてもダメなのなら、もうそれしかない。とにかくじっとしていてはいけない状況だ。暗くなる前に納得のいくように済ませよう。荷物を移動させ、暗くなりつつある中、まだ薄っすらと見える川底の状況を確認。一番竿のポイントを流心よりこちら側の水草の際、そしてまたこの引っ越し騒ぎで散らせてしまったが、7匹のいた浅場に二番竿の仕掛けを入れて、改めて落ち着いた。

 そしていよいよ夜に入る。夕闇が迫る中、五人用テントを立て、ベッドも組み立てる。ツーリングテントではなく、この大きなテントをここで立てたのは本気である証だ。

日没前にポイント移動 出来る事はやる この川での初めての泊まり込み

 20時をまわった。既に吐く息は白い。橋の上からなら札幌の中心部を見渡せるこの場所の夜空は、思っていたとおりの明るさだった。冬物のジャンパーとマフラーで身を包み、ライトを灯したテントへと入り込む。

 さて、どうなるかこの釣り。夜の間に川のコンディションは変わってくるだろう。タイドグラフによれば今は大潮の干潮であるが、下流に堰のあるここではあまり関係ないと思われる。あるのは上流にある排水機場や水再生プラザからの排水の流入の違いだ。プラザの水門は午前9時頃に開けられると聞くが、夜間はどうなのか分からない。水門が閉まればコンディションは悪くなるのだろうか。それとも良くなるか、関係ないか。何れにしてもやる事はきちんとやる。でも今は期待よりも不安の方が勝っている。


 夜間の事を考えてもエサをコーンからボイリーに変更したのは正解かもしれない。いつでも何処にでもいる愛くるしくも憎たらしいウグイ。その数は多く、持ちの悪いコーンでは、今まさにエサを取られているのではないかと心配になって眠れない。夜間になってからウグイが活性化する恐れもあるため、仕掛けを回収してみたが、今のところボイリーは一番竿、二番竿ともに無事だった。

 夕食を食べても、コーヒーを飲んでも来ないアタリ。まだ何かしなくてはならないのだろうか。しかし初めての夜である。何をどう捉え、どういう見方をすれば良いか分からない。

 23時、0時、1時と刻は夜を潰してゆく。最後にボイリーを新しいものに交換し、少し多めにクレイブを入れたPVAバッグとともに暗い水面へ投げ入れる。あとは寝よう。もうそれしかできようがない。


 強くなってきた風に朝を知る。ダメだったか…。今回だからだめなのか、そもそも夜はだめなのか。何杯目か分からないコーヒーを飲み干し、カップを置いて釣り場へ降りる。そっと覗く水面に鯉の気配はない。こんなの、此処でこんな状況…、これが初めてだ。何故いない?

いるはずの鯉がいない こんなの初めてだ 初めて寂しく感じる望月寒の釣り場

 出来るところまでやってみよう。エサをまたコーンに戻し、NGST-2に3粒付けて投入しておいた。ボイリーよりも小さく柔らかいコーンの方が口当たりが良く、警戒心の強い鯉も、食い気の低い鯉をも惹きつける。それでこの17年間、コーンでやってきたんだ。水量、水温ともに問題のないはずの数字だ。

 対岸の土手上、テントのあるこの光景に足を止めるジョギングの人は何人目か。残酷に傾く日の光。時はまた12時、13時、14時と刻んでゆく。そして16時、バイトアラームの電源を切った。ここまでやってダメならもうどうしようもないだろう。
 結局、朝晩問わずにアタリの「ア」の字も無かった。ここでこんな目に合うなんて想定外だった。勇んで出向いた初めての長期戦で、「初めての望月寒川でのボウズ」を食らうとは何たる皮肉か。ここまでやったんだ、何も言えない。だが許せない。今回は日が悪かっただけとしよう。この季節は水温、水質、鯉の行動性に大きな変化を齎す。日を改めてまたここで本気の釣りをすればいい。そうやって数を重ねれば分かるはずだ。ここが釣れない川と変貌してしまったのかどうかを。

 第2章へ続く