鯉釣り日記2017 夏は釣人を焦がして

釣行日時 8月5日9:00〜
8月6日17:00
釣行場所・ポイント名 第二Nダム

 私達が追い求める魚が淡水の王者と呼ばれる所以は単に体の大きさだけではない。大きな河、小さな川、潮の香り漂う汽水域、さらさらと音を立てる清流、幽閉されたような池、厳かに佇む山上湖、都会に紛れこんだ水路。彼らはどこにでもいる。どこにでもいれる強さがある。そしてどこにいても王者なのだ。ならば私は、どこにいる鯉でも釣ることができる鯉師でありたい。

 私にはまず手中に収めておきたいポイントがある。数年前から年に1、2度訪れるようになったそのダムは、小さいながらも鯉の遊泳がよく見られ、周囲の様子は平地の三日月湖によくにている。初回でこそ敗戦を仕方なしとしていたが、ここの鯉を釣り上げるのは時間の問題だと思っていた。しかし結果は酷いものだった。年に一度の釣行とはいえ、一尾たりともタモに収まってくれたことがないのだ。そんなに難しい場所なのかといえば、多分そうではない。私の対応力が不足していることは自分でもすぐにわかった。

 数年前、釣友の鈴木くんをこのダムに誘ったことがある。私には釣ることができないこのダムを、違う人が攻めるとどうなるのかという実験的な目論見であった。彼は様々な手を尽くし、釣行の最後に一尾の鯉を手中にした。エサは魚の切り身で、これまで私が攻め切れなかったポイントに投入した仕掛けへのヒットだった。私がそれまで使っていたエサはダンゴやボイリーといった人工餌である。エサの質の問題だったのか?ここの鯉は人工餌に慣れていないのだろうか?

 2016年7月。疑問はすぐに取り払われた。鯉の回遊を目視できるポイントにダンゴエサを投げ込んでみたところ、見る見るうちにダンゴは鯉に食い貪られた。次にボイリーとペレットを投げ込んでみる。結果は同じだった。ここの鯉は人工餌で釣ることができるはずだ。試しにダンゴの中にコーン付きの針を仕込んでやった。鯉は見事に食わせだけを残して去っていった。問題は鯉の見切りの鋭さとポイントの選定にあった。

 同じく2016年7月の18日。初めてこのダムの鯉を手にすることができた。ポイントを絞り、ボイリーと粉エサを駆使しての釣果だ。同じようなサイズが二匹。どちらも小さいが、このポイントで目撃している鯉の中では小さくも無いサイズであり、何よりもファイトが激しく、その姿も美しい。この釣行でひとまず息をつくことができた。


2016年釣行時 初めて手にしたダムの鯉

 しかしこれで終わりではない。目標はこのダムの鯉を「普通に釣る」ことができるようになることだ。たまたまの釣果で納得する私ではない。釣行は続く。

 2017年7月。私の目にはもうこのダムの鯉しか見えなくなっていた。今年度の釣果数を伸ばすなら札幌近郊にいくらでも釣れるポイントがあるが、それらに手を出す気がしない。この夏季は出来るだけこのダムに通うつもりだ。


 だが、ここで思わぬ足止めを喰らった。ダムに到着しても、まるで疫病神に取り付かれたように悪いことばかりが起こり、実釣ができないのだ。タックル準備中にアクシデントが続発。どんな作業をするにしてもトラブルが付きまとう。作業の手を止めざるを得ない。そんなことが3回の釣行で連続して起こった。ダムが私を拒絶しているように感じた。このまま無理に釣りを続けたら死の危険にすら陥るのではないか思う程だ。


 そんな中で一度無事に最後まで実釣できた日がある。釣り方は2016年釣行時と変えず、最近信頼をおいているボイリー「ザ・ソース」を食わせに、寄せエサとして「神通力」を使ったやり方だ。深夜になって2016年にヒットを貰えたポイントAでアタリがあったがスッポ抜けでバラし。続いてカケアガリ下のポイントでもヒットがあったものの、こちらはカケアガリに引っかかった流木にラインを巻かれ成す術なくラインを切ることとなった。ウグイの猛攻と戦いながら釣りを続行するも、結果は虚しくボウズ。

2017年7月釣行時 ザ・ソースと神通力を使った釣りをするが…

 8月5日午前8時30分。

 釣行の道中で前日からの小雨が霧雨に変わった。ダムの駐車場に到着するまでには西の空が開け、予報どおりにこの2日間は晴天の釣りが楽しめそうだ。今回釣りを共にする鈴木君が駐車場で待っていた。
 
 「雨止んでくれたね。湖見に行った?」

 「いえ、まだ見に行ってないです。さっきまで雨が降っていたので」

 木の葉を滑り落ちる雫を肌に感じながら釣り場へと下りる。見た感じ、前回よりも少し減水しているみたいだ。その中で50センチほどの鯉の姿がちらほらと見える。担いできた荷物を降ろし、コーラを一口飲んで、今実釣を開始した。

担いできた荷物を降ろす かなり減水しているようだ

 今回私はここにテントを張って泊り込みで釣りをするつもりでいるが、鈴木君は夕方までの日帰りの釣りだ。狭い釣り場での竿出しだが、とりあえず鈴木君にはこれまで最もヒットがあったポイントAに入ってもらう。釣り座右手に私が二本竿を出し、左手には鈴木君が二本。それに加え、鈴木君は橋を超えた対岸にも竿を二本セットした。

釣り座右手に私 左手に鈴木君 彼は対岸にも竿を出している

 前回、粉エサを使った広範囲のフィーディングで釣果を得られなかったことから、今回は植物性のダンゴエサを中心に使い、寄せエサを極力使わないやり方でいく。地形上タックルはロッドポッドとカープロッドの組み合わせとなるため、鯉竿のようなに大ダンゴ遠投といった豪快なやり方はできないが、今回の作戦的には遠投する必要はなく、ダンゴも小さい方が好ましいため問題ない。袋仕掛けを使用するのは久しぶりだ。

オモリ部:(セイフティーボルトシステム)
ユニット:
シンキングリグチューブ50センチ、テールラバー(共にKORDA)、カープセイフティーレッドクリップブラウン(FOX)

オモリ:ナス型25号(カモフラージュ)

仕掛け(袋仕掛け)
ハリス:
鯉ハリス6号(プロブラック)
針:カジカM

ダンゴエサ 鯉夢想
食わせ 乾燥コーン、乾燥パパイヤ

 鈴木君は自身が最も信頼を置いている自作ボイリーをブローバックリグで使用し、周囲にも同じボイリーを柄杓で撒いた。

 今回はロッドポッドに二本の竿をセットしたが、捨て竿としてもう一本を少し離れたワンドの浅瀬に出す。こちらは湖全体の減水もあって水深は膝上ほどとかなり浅いが、小さい鯉の遊泳が見られる。これまでも数回この浅瀬に竿を出しているが、見える魚は釣れないと言う様にヒットしたことはない。しかしやれることはやっておきたいので、一か八かの文字通り捨て竿として一本を出しておくことにした。


ワンドの浅瀬に捨て竿を一本

 腰を落ち着け汗を拭い、与太話に華を咲かせようかという頃、予想外に早いアラーム音に2人とも「え!?」と驚いてしまった。ヒットしたのは鈴木君で、やはりポイントAに打ち込んだ竿だった。小気味良いファイトを見せながら金色に浮かぶ夏の鯉。60台の肉付きの良い個体だ。良いと見込んでいたポイントであるとはいえ、これだけ早く釣果を上げられるのは鈴木君の腕があってこそだろう。同じポイントを攻めていても私にはこのような早アタリは出せなかった。彼には感服するばかりだ。

蒼天と釣り人 鈴木君が早速釣る

 それから一時間が経ったか否か、対岸にセットしている鈴木君の竿が2人を走らせた。ワイヤレスチャイムを改造した自作のアラームが持ち主を呼んでいる。橋を渡り土手を下り、ヒットがあったことを示す竿が取り持たれた。数秒の間、流木の茂みに入り込まれたようなモーションを見せたが、掛かり出しに成功。早くも2匹目が捕えられた。


鈴木君 ちゃっかり対岸にセットしていた竿にヒット

 彼のボイリーは釣行前日などに自作しているもの。4、5年前からこの自作品を使い続け、ここまでかなりの釣果を出している。レシピに少しずつ変動はあるだろうが、まず無駄な味付けや香料を使っていない。ジップロックを開けると穀物の素朴な優しい香りだけが鼻に届く。鯉は匂いに刺激されるわけでなく、味に病みつきになり貪るでもなく、ただ自然と口を使っているのだろう。それと比べると、前回の私のボイリーと寄せエサのチョイスはここでは攻撃的過ぎたのだろう。釣れないことに焦れてパウダーベイトやらディップやらリキッドやらと取り出し、冷静な釣りをできていなかったのかもしれない。道具の引き出しは多いに越したことはないが、多くすれば釣れるというわけでもない。迷いが増え、それぞれの使いどころをよく理解して考えた上で組合さなければ、余計な空回りをすることになりかねないのだ。私はそんな空回りの軌道に乗りかけていたと感じた。


 日はいつのまにか真上を通り過ぎた。鈴木君の腕を持ってすれば2匹目からの連釣も可能であると思ったが、他人の釣果を願っても、自分の釣果を願っても、事はうまくいかないものである。アタリは遠のき、「夕まづめがあるから」という救いの言葉を口にするようになった。竿先を見ている感じだと、正午を過ぎてからウグイの活性が高まっている。鈴木君の対岸の竿からのアラームに呼ばれ汗を流しながら橋を渡っても、ラインの先には悪戯が祟って頬掛かりしたウグイがいるというようなことばかり。反応したバイトアラームをジト目で睨み返すような状況になってしまった。…雑談としようか。さて、話題は特にはないが・・・・。

 誰かが橋を渡ってくる。遠くに懐かしい虫取り網が見えた。そういえばここは蝶が多い。ナミアゲハ、キアゲハ、カラスアゲハ、クジャクチョウ、ミドリヒョウモン、クロジャノメ。この時期はオオヒカゲがよく出てくる。蝶への興味は幼少の頃から変わっていない。何か見かければ必ず目を凝らして種類を判別しようとするクセも。そう思っていると、夏休みの虫取り少年と、その親戚のおじさん達だろうか、釣り場に3人の来客があった。

 「昔はよく鯉釣りをやったもんだよ」

 おじさんが言う。此処で初めて鯉釣りの話をできる人と出会えた。

 「昔はね・・・」 おじさんとの会話の最中、鈴木君の竿が絞られるのが見えた。

 良いタイミングでヒットしてくれた鈴木君の鯉がスプールを鳴らす。サイズは小さいが、なんとなく爽快感をもたらしてくれた魚となった。


ギャラリーの訪問中に

 鯉をリリースしようとする前に「それ貰っていい?」という予想外なおじさんの声。持って帰って料理するのか、池で飼うのか、鈴木君がおじさんに鯉を渡したときの虫取り少年のわくわくした顔が可愛かった。

 もう日暮れ。鈴木君はそろそろ帰り支度をしなくてはならない。彼は「どうぞ」と今回2匹を釣り上げたポイントを明け渡してくれた。では遠慮なく入らせてもらおう。仕掛けを回収し、ロッドポッドを移動させる。それと同時にロッドポッドの1番竿、2番竿の仕掛けをブローバックリグに変更し、ここからはボイリーを使うことにする。単純に鈴木君がボイリーで釣果を上げた影響だ。そんな作業をしている中、背後からのアラームが私を呼んだ。

 浅場にバンクスティックで出していた3番竿。こちらのアタリもあまり期待していなかったが、すっかり忘れていた頃に突然来た。このポイントは走らせていい範囲に限りがある。しかし膝丈くらいの浅場。鯉が横に走らないわけはなく、竿を持った頃には越えられたくない距離まであと少しというところに迫っていた。口切れ覚悟でドラグを締め応戦するが、さすが夏の鯉だ。竿が啼く。

 草と草の隙間からランディングした鯉は60数センチの小さなもの。この場所としては喜んで良いのかどうだか分からないサイズだ。しかしやっとのことで私の手に抱かれてくれた。体形は細くもなく、太っているわけでもない。肉付きが良い身体といえる。


ワンド浅瀬を走った私の一尾目の鯉

 さて、撤収作業を終えた鈴木君を見送り一人の釣り場に帰る。3番竿はあのまま袋仕掛けとダンゴで再投入しておいた。メインとなる1番竿と2番竿だが、こちらはダイナマイトベイツのボイリー「モンスタータイガーナッツ18mm」に変更した。ここからは1、2番竿はボイリー、3番竿はダンゴと統一していく。あれやこれやと手を変え品を変え、空回りすることにももう疲れた頃だ。
 
1、2番竿をボイリーに変更

 セットは手早く済ませ、テントを設営も完了。大して蚊がいるわけでもないが、蚊取り線香を炊いて夏の香りを楽しみ、ビールで晩酌をする。

 長閑な場所だ。静かながらも住宅地から近く、田舎ならではの移動販売車の声が聞こえてくる。クマやシカなどが出る場所ではないので怖い事はない。数ある北海道のダム湖から、ダム釣りの初戦としてここを選んだのは間違いなかった。あとは釣れるかどうか…。大きいのはいるはず。だが、まずは子鯉でも良い。釣果を伸ばしたい。

蚊取り線香を炊き、晩酌を ワンドの浅場に月が顔を出した

 日が落ちてゆき、セミの声と入れ替わってカエルとツユムシが合唱しはじめた。私の幼少期の楽しかった思い出の中にはいつもツユムシの声がある。一番好きな虫の音かもしれない。どこかの夏の一時を思い出しながら今また新たに生まれてゆく。この釣り場でツユムシの声を聞きながら過ごしたことも忘れることはないだろう。

 ここで釣りをしていると必ずどこからともなく現れる猫。今日も私を見るなり高い声で鳴き擦り寄ってくる。こいつは良い暇つぶしの友達であるが、時折スウィンガーにじゃれ付いてアラームを作動させたり、アンフッキングマットで爪を研ごうとしたりするので注意が必要だ。意外にもボイリーやダンゴなどのエサ類には悪戯しないのでそこだけは安心できるが…。

ここで釣りをしているといつも寄ってくる猫 夜中にスウインガーにじゃれて起こされた事がある

 22時頃、車に飲み物を取りに行った帰りの足をバイトアラームの音にはやされた。ポイントAの2番竿にヒット。魚はかなり走ってしまっているようだが、深みに潜られているということはなさそうだ。ここの鯉は小さくてもファイトを楽しませてくれる。ランディング位置のオープンに浮かせてからも勇猛に逆らい続け、タモの枠を飛び越えてまで捕られまいと抗った。誇り高く戦い抜こうとする鯉に対してはサイズの大小問わず敬意を表したい。やっとネットにおさまった鯉は70センチには届かないといったサイズだ。小顔であどけなさを感じるが、その鰭の力は明らかに強い。

2匹目 強く抗うファイターとして敬意を表したい 

 ここまでの釣果から、まず目標とするサイズは70センチオーバーとしよう。そこまでのサイズならここから下手を撃っても運で何とかなるだろう。そこから更に大物を目指すとなれば鯉師として最大限の努力が必要になるだろうが、今はまだそこまで考えなくていい。むしろ釣果と経験を養えれば小さくたって今はかまわない。次の期待を託した新しいボイリーとブローバックリグをポイントAに送り込んだ。それと、寝る前に浅場の3番竿を撤収させておこう。夜中に浅瀬を横に走り障害物へ向かっていく魚を相手にするのは少々厳しい。3番竿は朝までロッドポッドに仲間入りさせておくことにする。ブローバックリグに付け替え、2番竿のポイントBより少し沖のカケアガリ下に投げ込んでおいた。

最終チェックを終えテントに入る 

 朝は静かに訪れた。鯉のヒットで慌ててテントを出ることもなく、深夜になればうるさくなると思っていたウグイのアタリもほとんどなかった。寝る前にセットしたアケアガリ下の3番竿だけボイリーがなくなっていたが、他は特に変化はなし。まぁ、気持ちよく睡眠が取れたので気分はいいのだが、釣り場で快眠できてしまうのは良いのだか悪いのだか・・・。

爽やかに朝は訪れた ここから後半戦 さて、釣らなければ…

 とりあえず朝食をとってから3番竿をダンゴの袋仕掛けに戻して、元の浅場に移動させよう。1番竿、2番竿はこのままポイントAとBを徹底的に狙うとして新しい「モンスタータイガーナッツ」に付け替え、ポイントには柄杓で同じボイリーを撒いておく。そんな感じで夕方まで粘ってみよう。浅場のダンゴでも、ポイントAのボイリーでも1匹ずつヒットがあった。どちらでも次のヒットを狙えるはずだ。

3番竿を元の浅場に戻す やり方は引続きダンゴで この浅場でヒットさせるのは難しい事だが…

 各セットを終えた。アタリが出るとしてもまだ先の事だろう。チャンスがあると感じるタイミング、特に夕まづめは何もせずに集中してアタリを待ちたい。テントや寝具などもう使わない物は今のうちに車へ運んで片付けておく。その途中、エサを探す鯉の姿をみたことで足を止めた。鯉の口先から泡がボコンボコンと浮かぶ。泡付けというより、鯉が底を食むことによって湖底に溜まっていたガスが漏れ出しているようだ。新たに開拓する場所でポイントを選ぶ基準の一つ「鯉の泡付け」は川底に溜まったガスの噴出しと間違われやすい。ただこういう場合もあるわけだ、明らかにガスの噴出とわかるような泡でも、よく見ていればその泡の出る位置が短時間で不自然に変わったりする、それは鯉の餌食みによって起こされたガス噴出である可能性が高い。と考えるとまたその場その場での判断に迷いや混乱を招きそうだが、そういうこともあると覚えておいて別に損はないだろう。とりあえず、食欲のある鯉はいるということがわかった。あとはあいつらがポイントに入ってきてくれることを願うだけだ。

青天井に一筋

 青天井を行く飛行機雲に見とれていた時、突然のアラームに意識を呼び戻された。ポイントAよりも沖目のポイントBに投げ込んだ2番竿にヒット。また60に届かないような鯉だが走りは悪くない。ドラグ締めこんでゴボウ抜きだってできるタックルを持ちながらも、本気でこちらに抗う魚との対話を疎かにしたくない。そういうのは傍から見ればちょっとクサすぎるだろうか。でも私が知っている鯉師は石鯛竿に大型両軸リールとか、ラインにPE6号とか8号とか、いつか出会う巨鯉に備えて強いタックルで挑みながらも、サイズに関係なく釣った鯉を表している。私はそんなの好きだ。

3匹目 小さいが鯉らしく立派な顔立ち

 3番竿の様子を見に行くと浅場の水がさっきより少し濁っていた。流れ込みから黄土色の水が入ってきたためだろう。ここでは間々あることだ。この濁りは浅場での釣りを有利に動かすかもしれない。鯉の気配は充分ある。この様子ならダンゴもほとんど食われて無くなっていることだろう。あまり放置していると袋仕掛けと寂しく残った食わせエサだけがそこにあるなんて状況になりかねない。早めに打ち返しをしておく。

 3番竿の打ち返しから間もなくして鯉が寄り始めたみたいだ。竿の傍らに身を潜め様子を伺う。ダンゴはもうバラけきっているはずだ。鯉はその粒子を吸い込みながら思わず針のついた食わせにまで口を出してしまうというのがダンゴ釣りの基本的な展開だ。しかし警戒心のある鯉を相手にするとそうもいかない。仕掛けのあるポイントからボワっと煙幕が上がった。それが治まるか治まらないかというときにまた新しい煙幕が上がる。ホームグラウンドで何度も見ている光景だが、鯉がバラけたダンゴの粒子のうち何かを拾って次の瞬間に去っていく。その時に煙幕が上がる。次の鯉が来て、もしくは同じ鯉が戻って来てまた同じ事の繰り返し。なかなか食わせを選んで食ってくれない。食わせだけを避けて食っているとも思えることもある。こうなると長丁場になる。

3番竿 やはり浅場は難しい

 3番竿でもう一匹釣りたい。こんな浅場に入ってこれる鯉のサイズなど知れているが、鯉師として、どんなところの鯉だってサイズに関係なくモノにしてやりたい。そしてこのポイントの鯉はダンゴで仕留められる。ダンゴへの反応はポイントAよりも良い。ここはダンゴで釣ると最初に決めたとおりに仕掛けやエサを変更せずにこのままいこう。

 正午のサイレンはとっくに通りすぎた。依然として最も期待するポイントAの1番竿、Bの2番竿ともに反応なし。昼食後に2本共に回収して新しいボイリーに交換し打ち返しておいた。それぞれ一掴みずつの同じボイリーを柄杓で撒きこちらはこれで良しとする。

 それからまたしばしして、突如3番竿のアラームが激しく鳴った。来た。だが次の瞬間魚が激しくジャンプ。針を外し、底から舞い上がった泥を飛行機雲のようにして猛スピードで去っていった。ジャンプか…。針を口にした鯉が上を向きながら首を振り水面から飛び出した。その瞬間に針を外されてしまった。仕方がない。もう一度だ。新しく握ったダンゴを袋仕掛けに装着し、同じポイントに送る。10分もしないうちに周辺に数匹の鯉が姿を現した。食い気はかなり高い。

鯉の食い気はかなり高いが…

 ワンドの中は濁った水の流入で肌色に染まり、かなりの浅場でありながら底を視認できなくなった。だが鯉がいるのは分かる。ダンゴを打った周辺の底から花火が開くかのように黒い泥が舞い上がっては消える。鯉がエサを食いながら泥を掘り返して起こる現象だ。

 次に3番竿のアラームが鳴ったのは投入から1時間を大きく過ぎた頃だった。だがその鯉もまたジャンプして軽々と針を外していった。これはタックルバランスの変更で克服できるだろうか。何かしらの対処方法を思いつくが、それは次回ここに来たときまでに仕上げて実践してみるとしよう。とりあえずは同じようにダンゴと食わせを付け直してポイントに投入する。

 さて、今回の釣りも残りあとわずかだ。札幌から離れている上、山道を越えなくてはならないので暗くなってからはエゾシカなどの飛び出し事故の危険性がある。実際ここに来るようになってから暗い時間帯に何度も鹿を轢きそうになった。そんなことで大事な釣具を載せた車を台無しにされたくないので、まだ日のあるうちに山を下りたい。となると、釣りができる時間は60分を切っている。やることはもうない。ただ大人しくしていよう。

 いよいよ終了時間。友人とのLINEで「3匹釣れたけどもう帰らなきゃだから4匹目は無理だね」と送信した。撤収作業を開始しようと立ち上がり竿に背を向けた瞬間、ポイントAの1番竿にヒットした。終了2分前の事。やはり鯉釣りは最後の一瞬まで諦めてはいけない。竿の回収を2分誤っていれば無かったヒットだ。

終了2分前のヒット 諦めなくてよかった

 鯉は障害物のある方ではなく真っ直ぐ沖に走っている。この魚は捕れると確信した。とはいえ夏の最盛期の鯉だ。ヒュンヒュンと心地よく竿を鳴かせてくれる。水面を割った鯉はこれまでより少し大きい。良い締めくくりになってくれた。慎重にタモに収めマットに乗せてみると、尾鰭が60枠のタモ枠からはみ出す70台だった。この場所では今のところ最大になる魚だ。触れると体を硬く強張らせ全ての鰭を大きく広げた。この気迫こそ夏鯉。そしてこのダムの鯉だ。

水面を割った尾鰭  70台 この場所では今のところ最大

 金色の尾鰭を振ってダムへ帰ってゆく鯉を見送って、私も帰るとする。最後の最後で良い思いをさせてもらった。全体的に見てもこの釣行はかなり充実したものだ。これまでの不運の連続で折れかけていた心を立て直すことができた。

 纏めた荷物を持って駐車場まで二往復。最後に全てのタックルがなくなった釣り場で次の釣りを考える。夏が終わる前にもう一度再確認としてここに訪れてみようか。今回も色々と無駄足はあったことを否めない。それを撤去した釣りをもう一度ここでしたい。そしてこのダムにはまだまだ課題が残されている。何年後にどこまで極められているだろうか。終わりはずっと先だ。いくら釣行を重ねて鯉を釣ったって、そこからまた大きな課題を見つけてしまう。一生終わらないのだろう。師とはそういうものだ。