鯉釣り日記2016 心を鎮めて

釣行日時 10月15日
10:00〜20:00
釣行場所・ポイント名 新川

 オリオン座が表舞台に立った空のどこかで渡り鳥が鳴いている。季節は心を置き去りにしたまま、どろどろと進んで終わりに近づく。やりたいことを残したまま捲ったカレンダーの枚数はあまりにも多い。今年は天候にしても何にしても、釣りに行こうとする私の足を引っ張ろうとばかりする。これまでで最も釣り運の悪い年になっているのではないだろうか。

 お盆休みのダムへの釣行以降、幾度か地元茨戸川で竿を出すも結果は良くないものだった。それも最初から茨戸で釣りをしようと決めての釣行ではなく、遠出する予定が崩れて仕方なく近場で竿を出すことになったというものばかり。思いがけない発見なんてものを都合よく得ることもなく、私の心を満たしてくれる釣りにはならなかった。そしてそのまま10月に入ってしまい、気は焦る一方。この落ち着かない心をどうにかしなくては、次もきっと良い釣りはできない。

 お盆休み以降の釣行では何かと不満を持ちながら竿を出していた。「こんな予定ではなかった、こんなはずではなかった、仕方ないこれで我慢しよう」。これが全てを台無しにしていたのだろう。ただでさえスランプの中にいるくせに、次回の釣りに良い結果や意味を求めすぎた。次の釣りはあまり深く考えずに行こう「まあいいや、これでいいや、こうでもいいや」と。

 10月15日 朝。
 今日は一日のんびりと近場で釣りをすることにした。それ以外の計画や作戦は立てていない。私は釣行のプランを細かく立ててしまえば、それに拘りすぎてしまうクセがある。そこで何か避けようのない障害にぶつかりでもして、不満に思って心を曇らせてしまうようなことは、今回の釣りではしたくない。

 とりあえず釣果は得たい。水温が高まりやすく、この時期でも数を出しやすい釣り場として望月寒川を選んだ。しかし着いてみると周囲は工事中。またしても釣り運の悪さが働いてしまった。作業員に釣りをさせてもらえないか交渉するが首を横に振られてしまった。

 まったく、またしても出鼻を挫かれた。まあいいや、ならば久しぶりに新川にでも行ってみようか。車をあさっての方向へ向かせ、改めてアクセルを踏む。

 釣果を期待できそうな人気ポイントを覗いてみるが、すでに釣り人のものらしき車が停められている。少し前にこのあたりで良い釣果を得られたという情報があったためだろうか。車を道路に戻し、下流へ進んでみる。

 ここにしようか。この場所も昔は釣り人がよく並んでいたものだが、意外にも今日は誰もいない。川面を見た感じ他の人気ポイントよりも魚の濃さは劣るかもしれないが、他人と魚を奪い合うような釣りは趣味じゃない。魚数が少なくても、のんびり釣りができれば良しとしよう。早速準備に取り掛かる。


タックルセット中

 草刈をしてスペースを作り、そこにロッドポッドを掲げる。水温は15℃で水はゆっくりと下流に流れている。泡付けなどの魚の気配は少ないが、水バケツを汲んでいると手前で鯉が跳ねを見せてくれた。もう少し水が動き出せばなんとか釣れそうだ。

 エサは広範囲に寄せる力を持ちながらあまり強く底に残らないものが良さそうだ。ダンゴエサ「巨鯉」を小さく握り、カープオンリー「アイリッシュクリーム」と一緒にベイトロケットでポイント周辺に撒く。今回は竿を3本使用し、1番竿と2番竿を川の中心とその少し奥、3番竿を手前右手にある水草の際に打ち込んで攻める。仕掛けはいつものブローバックリグで変わりなく、「アイリッシュクリーム」とクレデンスコーンをあわせてセット。「巨鯉」の配合物を入れたPVAを引っ掛けてキャストした。

「巨鯉」を練ったものとカットボイリーを寄せエサに 針にはアイリッシュクリームとクレデンスコーン

 このまま2時間様子を見ておこう。折りたたみ椅子を広げ、腰を落ち着かせる。多分まだ釣れるタイミングではない。昼を過ぎた頃に潮がゆっくり下がりだす。チャンスがあるとそればそれ以降になるだろう。それまでは日向でのんびりとさせてもらう。嫌な風はなく、気温も高くて心地よい。日向は私を暑いと感じさせ、レイヤーのうち2枚を脱ぐことになった。こうして外でリラックスしながらアタリ待ちができるのは、今年はこれで最後になるかもしれない。

今回は3ロッドで 新刊の雑誌を捲りながらアタリ待ち

 アラームの受信機を傍らに、まだ開いていない雑誌のページをめくり写真を眺める。組んでいた足の先にトンボが一尾止まった。こんな光景も今年はこれで見納めかもしれない。今日は日が暮れるまでこうしていよう。

 正午が過ぎ、一度仕掛けの回収を行うが問題は見当たらずそのまま打ち直す。しかし竿をロッドポッドに預け返したとき、釣り場手前の水面に一匹の鯉の影が見えたことで気が変わった。川の真ん中から少し奥に打っていた2番竿の投入点を手前に変える。鯉がいたのはベイルを起こさなくても投入できてしまうような距離だ。その場所にPVAを小さく付けた仕掛けを降ろし、周囲にもカットしたボイリーを少し撒いておいた。


2番竿(中央)の仕掛けを鯉がいた足元に

 少しぼんやりしているうちに太陽から暖かさが消え、もう空がオレンジ色を帯び始めた。無慈悲に思えるほど秋の陽は速い。

 足元に姿を見せた鯉は一度去ってから戻ってくる様子はなく、ピリっというようなアラームの音も聞けずに15時に至った。椅子から腰を上げ、エサ換えをすることを考える。しかしこのまま続けていて釣れるのか・・・。朝から昼にかけてずっと無表情だった川面だが、日が西に傾いてきてからは波紋が目立つようになった。活性は上がってきているようだが、いまいち釣果の期待ができない。

 竿の前で悩んだ末、ボイリーを変えてみることに決めた。「アイリッシュクリーム16mm」から「ザ・ソース18mm」に変えてみる。PVAにはペレットと指で半分崩した状態のソースを入れ、これまでと同じポイントに投入。周辺にも10mmのソースをカタパルトで少量撒いておいた。そのまま椅子には戻らず、暗くなるまでは竿の前で穂先を見て過ごすことにする。

 エサを「ザ・ソース18mm」に変更 枯れた芝の上で穂先を眺めて 

 空の色がオレンジから赤に近づき始めた頃、3番竿の穂先が下流へと引き込まれた。止まらないアラームの音。体がゾクっと武者震いを起こした。

 魚は勢いよく下流へ走り、釣り場から20メートル程離れたところで止まった。そしてその付近の岸際にある草の中に入り込む。草の質は硬く、無理に切ろうとするとラインを痛める危険性がある。ここは冷静に、ラインを回収しながら20メートル下流へ歩き、魚が潜っている草の群生の前まで移動。少しテンションをかけてやると、魚もまずいと思ったのかすぐに草から離れ、川の中心へと泳ぎだした。ある程度の抵抗は見せるが派手に走り出すようなことはなく、無事タモの中に納まってくれた。荒い鱗をした70台の鯉だ。


久々に「釣った」と感じた 70台 

 この光景を見て足を止めた散歩のおじいさんと立ち話をしている間に、道路の街灯がポツポツと点りはじめた。ちょっと目を離した隙に太陽が姿を消し、冬の模様の夜空が広がった。日が暮れたら帰ろうという予定で出てきたが、このコンディションならもう一匹は狙えそうだ。ヘッドライトを用意し、全ての竿のエサ変えをする。

 日が落ちてすぐに冷え込んでくると思って車に入り込んでみたが、思ったより気温の低下は緩やかだ。暗くなってからの時間帯はウグイやカニの活性が高くなりやすく、多少悪戯されることを覚悟していたが、それも今のところはない。肉体的にも精神的にも邪魔をするものは何も無く、純粋に鯉のアタリを待つことができている。こういう釣りをしたかった。

日が暮れてからは車の中で受信機の鳴動を待つ

 最初のヒットから1時間半が経過したとき、ダッシュボードの上の受信機が青いランプを眩しく放ちだした。青は一番竿のカラー。このアラームがウグイやカニではなく、鯉からの魚信であると確信し、車から飛び出す。一番竿は私の到着を待たずにアラーム音を止めてしまったが、魚はラインの先にいるようだ。最初の鯉と比べて動きは鈍いが、いつものように40センチくらいの子鯉が付いているということはなさそうだ。ヘッドライトの光の中に現れたのは鱗の揃った70台だった。


一番竿にヒットした2匹目

 水面にはまだいたるところから波紋が上がっていてアクティビティを見せている。明日は出かける予定があるため早めに帰るつもりでいたが、3匹目のチャンスも捨てられない。ここは粘りどころだろう。もう1時間半だけだが、粘ってみることにする。


 釣り雑誌の続きを読みきり、ドアポケットに収める。新刊が出るたびにこうして釣り場で読み切って、アタリ待ちの時間に読み返そうと車に置きっぱなしにしているこの雑誌。気づけば同じタイトルの色違いの背表紙が左右のドアポケットにぴっちりと埋まっている。もう次号を入れるスペースはないだろう。古い物はそろそろ部屋の本棚に返さなくては…。

 3匹目を待たず、1時間半は一瞬で過ぎ去ってしまった。いい加減に帰ろう。今回はこれで充分だ。心にあった濁りのようなものが消えていた。