鯉釣り日記2016 苦しい始まり

釣行日時 5月7日17:00〜
5月8日17:00
釣行場所・ポイント名 雁里沼
  窓の外に見える柳の枝々がまるでオーラを放つかのようにうっすら鶯色を纏っていた。それに気づいたのはほんの少し前の事で、この環境の中で誰よりも春を待ち望んでいただろう私も、常に耳に刺さる人工的な音のせいで長い間春の音を聞き逃していたようだ。

 冬が遠のき始めてからかなりの時間が経ってしまっている。春の匂いがすれば居ても立ってもいられなくなる私が、よくこの時期まで針も研がずに我慢できたものだ。さて、気持ちを解そうか。家に帰ったら空のスプールにラインを巻こう。久々にワクワクできる。

 

 5月7日午後、今年初の釣行に出る。
 この一週の天気はすこぶる悪く、冷たい雨風が絶え間なく吹き付けていた。しかし遅れた私の出発を待っていてくれたかのように桜の花は耐え、これから釣りに出る私の視界を彩る。

 午前中はあまりに酷い天気だったが、今は太陽が顔を覗かせ、風も幾分か落ち着いたようだ。やっと到着した私の好きな場所は、雨雲と太陽のコントラストで秋の狐の嫁入りのような光景になっていた。


 私より一時間前に到着した鈴木君とシーズン初の挨拶を交わす。彼はすでに水辺に竿を出しており、垂れた穂先から手作りの石オモリがぶらさがっていた。

 「水温は13.5℃ですね。ヘラブナは跳ねていますが、まだ鯉の跳ねは見られません」

 水の色は思ったよりも落ち着いている。その中でポツリポツリとヘラらしき魚のもじりがあり、魚の活性は悪くないと窺える。

 13.5℃の水は触るにはまだ少し冷たいが、同じ温度でも冬に向けて下がっていく過程の13.5℃と、初夏に向けて上がっていく過程の13.5℃では意味が違うはずだ。この時期としては十分な温度だろう。

 時刻は16時。ライトを必要とする前にセットを終わらせられるだろうか。また怪しく太陽を隠し始めた雨雲の存在も気にかかる。この夜はまた雨が降り出すという予報だ。しかし今年初の釣りで準備を急くのも憚られるところ。まずはマーカーロッドを振り、水底の再確認と冬篭りからのリハビリを行おう。


マーカーで底を探りながら鈍った感覚を戻してゆく

 このあたりにしよう。足場から約20メートル先をポイントとし、フィーディングしてゆく。寄せエサはベイトロケットを使い、狭い範囲にアピール力の強いものを撒く。ペレットと動物系ボイリー2種、今はなきガルプの「ツナスパイス」とダイナマイトベイツ 「カープテク ブラッドワーム」を組み合わせ、そこにマルキューの「神通力」を小さくダンゴにしたものを加える。

今回の寄せエサ ペレット+ツナスパイス+ブラッドワーム  小さく練った「神通力」と共にベイトロケットで撒く 

 使う竿の本数は2本。特に大きく投げ分けるわけではなく、一番竿の仕掛けはフィーディング範囲の外側に、二番竿は内側に投入する。仕掛けはヘアリグからブローバックリグに変更している以外、去年と全体的なバランスはほぼ変えていない。1番竿の針には寄せエサに使っているものと同じブラッドワームをセット。2番竿も同じくツナスパイスを使用する。寄せエサの余りをPVAバッグに入れ、一緒に投入する。

オモリ部:(セイフティーボルトシステム)
ユニット:
シンキングリグチューブ50センチ、テールラバー(共にKORDA)、カープセイフティーレッドクリップブラウン(FOX)

オモリ:小田原25号(カモフラージュ)

仕掛け(ブローバックリグ)
ハリス:
鯉ハリス6号(20センチ)
針:伊勢尼13号

エサー:ボイリー
カープテク ブラッドワーム15mm(1番竿)、
ガルプ ツナスパイス16mm(2番竿)

 寒いはずの気温の中、半袖で汗ばむほどセットに熱中してしまった。18時のチャイムはとうに通り過ぎ、時計の針は19時台へ突入している。この時期となるとこの時間でも十分明るいが、今日は雨雲で夕日が濁っている。風はいつのまにか完全に止んでおり、小さな魚の息吹だけが聞こえてくる。魚が動けるコンディションであることは間違いない。フナ達はそろそろ産卵の準備に入っている頃だろうか。やたらと彼らの気配ばかりを感じる。

 タックルセット完了 鈴木君の釣り場 

 竿のセットを終えた鈴木くんはテントの設営に入っていた。去年までは釣り場にツーリングテントとワカサギ用テントの二はりを立て、寝泊り用と荷物置き場用として使っていた彼だが、今回はその両方を兼ねた大きなテントを一はり立て、折りたたみベッドと荷物を設置した。その中へお邪魔させてもらうと、広さも高さも十分で、作業にもアタリ待ちにも休息にも快適なことが分かる。設置したアウトドア用ベッドに腰をかけながら、アタリを待つ。さながらヨーロッパの鯉釣り風景だ。

 鈴木君のテントにお邪魔する 内部の様子 ベッドを立てても広さは十分 

 軽く夕食を食べた後、バイトアラームの受信機を手に私もテントに居座らせてもらう。その直後から雨が降り始め、冷たいと思われる風がテント壁をさする。この雨は日付が変わる頃には止むはずだ。問題は風。夕方に一度完全に止まった風がまた吹き始め、少しずつ強さを増してきている。明日までに風が強くなるのは天気予報で分かっていた事だが、思っていた以上のものになる気がしてならない。風速が想定の範囲を出てしまうとまずい問題が一つある。カープアングラーであれば誰でも分かるだろう不安要素だ。


夜になって雨が降り、風が強くなり始めた

 ラジオの音が流れるテントの中。二人並んでベッドに腰掛け釣り雑誌を見ながら、ああでもないこうでもないと終わらない話が続く。強弱を繰り返しながらテントの壁で弾けていた雨の音は、夜が更けてゆくと何時の間にか消えていた。そして鈴木君との会話が止まった瞬間に気づく。魚の跳ねの音がなくなった。この夜はなかなか厳しいものになりそうだ。今年の初釣行なのだがら、小さくてもなんとか釣らせてもらいたいところだが…。


 20時頃、一度仕掛けを回収してエサのチェックを行うが問題なし。そのまま同じポイントに投げ入れた。エサの交換や寄せエサの追加の必要は無いようだ。鈴木君もベッドに座ったまま行動を起こそうとしない。魚の活性が感じられなくなった今、動きようがないのだ。ため息が出てしまう。

 結局23時に懇談はお開きとし、このまま朝まで様子を見ることにした。深夜帯に入って雨は上がったものの、確実に背中からの逆向きの風が強くなってきている。このままではまずい。

 何事もなく夜が明けた。空の快晴は心地よいが、あってほしくない真逆の強風は私達に諦めろと言わんばかりに勢いを増してゆく。

 鈴木くんは夜中のうちに大型のウグイを連発させてしまい苦労したようだ。そして言っているそばからまた鈴木君にウグイのアタリ。そのサイズも川や海で釣るような30オーバーの重量級だ。ここのような小さな池で大型のウグイが多くアタる時は、どこかで間違いを犯し、正解から遠ざかっていることが多い。今回はまさにそれなのではないだろうか。


大型のウグイに苦戦する鈴木君

 台風の中で釣りをしているわけではない。しかしこの風の強さはなんなのだろうか。これまでの釣行にない強風だ。鈴木君の丈夫なテントも押しつぶされんばかりに軋んでいる。正午になる頃にはこの状況に2人とも意気消沈していた。ここまで風が悪化することが分かっていたら、今回ここで竿を出すことはなかったかもしれない。


これまでにない程の強風でテントがやばい

 鯉釣りで良い条件の一つと言われる向かい風。しかし私が普段釣りをするような規模が小さい、また地形が入り組んでいるフィールドでは必ずしも正面からの風でなくても良いと思っている。むしろ背中からの強い追い風でも良い釣りができることもある。小さな湖沼であれば「風があり」、「水が動いている」それだけあれば釣りにはなる。もちろんまだ見ぬ大物を狙える釣りができるかは分からないが・・・。

 しかし今回、あまりにも場所が悪すぎた。岬状に張り出した対岸の形状が見事に水の動きの邪魔をしている。私達のいる「ここだけ」水が動かないのだ。これまでにもこの場所で追い風の釣りをしているが、目だって悪いといえる状況ではなかった。でも、今回ほどの強風では悪さが顕著に出てしまった。

 足元では風が無いかのように水面が静か 岬の向こうでは大荒れ 魚は向こうに?

 今回この場所で竿を出した理由は、ゆっくりと泊まりの釣りをしたかったことと、複数人で竿を並べたかったこと。そして風を甘く見ていたこともある。経験にない程の強さの風になると分かっていたら、シーズン初の釣りでこんなところに居なかったことだろう。

 今一番良いと思われる対岸は私有地で多分入ることができない。ここはそのような場所ばかりで、状況が悪いからといってアポなしですぐ移動というわけにいかないのだ。日が昇りきってしまって今更でもあるし、今回は無駄に足掻かず諦めるとしよう。

 今回は今年の初釣りであり、正直坊主で終わるのはかなり痛い。しかしまだ初釣りであると思えば心に余裕が沸いて来る。「次がある」 前に釣りをした時は晩秋で「もう次はない」とどんな結果であっても受け入れなくてはならなかった。それを考えるとなんて贅沢な気持ちだろう。

 再来週の休日にリベンジに来よう。なんとなく…私が好きなこの沼の鯉を釣ってからでなければ、これからの新しい釣りへ進めない気がする。