鯉釣り日記2015 雪辱戦

釣行日時 7月25日17時〜
7月26日18時
釣行場所・ポイント名 Pt:空知KTT
  2014年7月のことだ。
 
 雨の降りしきる深夜の沼で、私は暗い水面に白く浮かび上がるあの魚と対峙していた。ヒットしてから15分、視界の利かない暗闇の雨の中、疲れを知らないかのように反撃を繰り返す相手を前に私は動揺を隠せない。タモを差し出すことさえ怖く感じるほどだった。意を決して、目の前に浮いた大きな魚を無理やりタモに捕らえると、最後の一撃で腕を持っていかれそうになった。竿を置いて両手でタモを掴み、水辺に置いたマットの上に乗せると同時にその場にしゃがみこむ。

 そのソウギョは120センチに迫ろうかという大きさだった。釣り場は足場が悪く、その大きさの魚を検量できるような場所ではない。検量するには土手の上の車のところまで魚を持っていかなければならなかった。竿を片手に、もう片方の手で魚の入ったタモを持ち上げようとするが、その重さも30キロほどある。雨で足場の悪い中、このまま土手の上まで担ぎ上げるなどとてもじゃないができなかった。仕方なく一度タモをマットに下ろし、魚から針を外してから竿を置いて両腕でタモを持ち上げることにした。大きな口の上顎に針が掛かっていた。針を外して竿と分離し、再びタモを持ち上げようとしたとき、魚が大きく暴れ自らタモから脱け出そうとした。阻止しようと手を出すも、魚の力を抑えることができず、魚はマットから暗い水面に。一瞬遅れてそれを追う私の手はただ空を掴み、これで全てが終わってしまった。


 北海道では限定的にしか生息していないソウギョ。その沼では私がこれまでソウギョを釣ってきた篠津湖よりも生息数が少なく、それを釣ろうとなれば連続坊主を覚悟しなければならない一発大物の釣りとなる。私はこの沼のソウギョを総称して枯木草魚と呼ぶことにした。

  私が釣った枯木草魚は120センチに迫るサイズだった。だがそれはタモやマットの大きさと見比べての目測でしかなく、メジャーを当てた検測をできずに終わった。写真も一枚も残すことができず、私としてはそれを釣果として数えることができない。闇の中で見たまさに白い幻のような存在となった。私はその後も幻と再会すべく幾度も同じ場所へと通ったが、あの魚は二度と私の前に姿を現してはくれなかった。

2015年北海道ソウギョ釣り

 2015年夏。あの幻にもう一度会いたい。

 これまでの話を釣友の鈴木君に打ち明け、この夏は彼と共に枯木草魚を追うことになった。去年は私単独で何度も再チャレンジをしてきたが、寄せエサにすら全く口を付けて貰えずに連敗した。だが、2人がかりで本気で取り組めばまたチャンスを掴める気がする。それに、もしまた120センチ級の魚が現れたときを考えると、二人で協力しながら釣りをするスタイルは心強い。

 今年6月、去年のあの現場にて2人で竿を出すが敗戦。7月に入ってからももう一度、今度は数年前にソウギョが上がったという噂のあるポイントで釣りをしたのだが結果は同じ。そして7月最後の週末となる25日の土曜日に今年三度目となる釣行の約束を鈴木君と交わした。


 
 釣行一週間前。

 鈴木君は私よりもこの沼のことをよく知っている。そんな彼と相談し、次回の釣行場所の候補としてこれまで入ったことの無かった葦原のある新ポイントに目を付けた。岸辺に葦が生えている場所が少ない上に入釣場所も限られるこの沼。目を付けたポイントは護岸が途切れ、ほんの10数メートルだけ岸際に葦が生えている狭く小さな一箇点だ。

 鈴木君がウェーダーを履き、岸際の葦を水中へ倒した。
 「一週間後にまた見てみましょう」
 枯木草魚がいるなら、きっとこの葦はなくなっているはずだ。そうなれば、今まで掴むことのできなかった枯木草魚の手がかりを初めて得ることが出来る。幻を見たあの場所で、いつかまた現れてくれると信じるだけだったこれまでとは違う釣りができるかもしれない。



 7月25日 釣行当日。

 大暑を過ぎた札幌は空気の蒸し暑さに苛まれていた。部屋中の空気が重く、窓を開放してもカーテンを揺らす風もない。雨を降らせそうで降らせない厚い雲がもどかしい。

 14時過ぎ。私用を片付ける部屋のテーブルの上で携帯が鳴った。既に釣り場に到着した先行隊の鈴木君からのメールだ。メッセージと共に写真が添付されている。

 「草ないです。けっこう根元から食われています。」

 先週倒しておいた葦が乱暴に食い荒らされている。あぁ、今行くよ。逸る気持ちで、部屋の鍵さえかけ忘れてしまいそうだ。外に出ると厚い雲がやっと雨を降らせ始めたところだった。去年のあの日と同じようなシチュエーション。

 よしっ、行こう!

 沼のある村に入ると道路のアスファルトはまだ乾いていた。今後の予報から見るに、今札幌で雨を降らせている雲は日没近くにはこのエリアに到達し道路を濡らすだろう。風のない雨の夜。ソウギョ釣りには良い条件が揃っている。少なくとも篠津湖のソウギョ釣りではそうだ。今回は…もしかするともしかするかもしれない。

 釣り場に到着してすぐに先週葦を倒した現場を見に降りた。確かに、鈴木君からのメール通りに水面に倒した葦が茎ごとしゃぶりつくされていた。それを眺めていると葦原の中に足場を作る作業をしていた鈴木君が後ろから声をかけてきた。ウェーダー姿の彼のその声は定型文通りの挨拶ではなく、もっと興奮した台詞だ。

 「見てしまいました。ソウギョです。」

 釣り座を作るために沼に立ちこんでいた鈴木君の横に枯木草魚が現れたのだという。枯木草魚は鈴木君がいることを気にもとめず、葦の葉を引き千切っていったそうだ。此処は枯木草魚のテリトリーだということに間違いない。やっと見つけることが出来た。
「よしっ、絶対釣れる!」

2015年北海道ソウギョ釣り 2015年北海道ソウギョ釣り
仕掛けは2本針 ハリスPE6号、針チヌ10号 葦は茎までしゃぶりつくされていた

 竹竿の先に葉ぶりの良い葦を一本括り付けて固定。それを釣り場足元の地面にほぼ水平になるように刺し、竹竿の先、もとい葦が水面から少し水に浸かるくらいの位置にセットした。次にウェーダーを履き、カープロッドから垂らした仕掛けを持って水中へ。葦の葉にハリスを縫い付けてホチキスで固定する。針の位置、葦と竹竿の水に浸かる塩梅、全てを沼に立ちこんでチェックして、時間をかけて準備を整えた。同じく沼に立ちこんでセットしている鈴木君と目が合う。彼の仕掛けややり方も私とほぼ同じのようだ。

2015年北海道ソウギョ釣り 2015年北海道ソウギョ釣り
セット完了 鈴木君も私と同じやり方で

 18時を報せるチャイムの音。鈴木君もタックルセットを終え、テントやタープの設営に入っている。今回は私もテントで泊まることにした。車で寝ることもできるが、もし夜中にヒットがあった時に備え、お互いのセンサーの音が聞こえるようにしておきたい。18時のチャイムと一緒に降り始めた雨。普段使わないために防水対策などをしていないこのテントでは少々不安だが、今夜一晩くらいなら大丈夫だろう。

 鯉らしき魚がよく跳ねている。水のコンディションに申し分なさそうだ。真っ暗になる前にもう一度仕掛けをチェックする。ソウギョのチャンスが多い夜になってからは竿に近づくことは避けたい。夜中に仕掛けの不具合なんかを見つけてライトで照らしながらゴソゴソ動けば、少ないチャンスは水の泡となり消える。仕掛けの位置を再確認、ラインが葦に絡まっていないか、センサーの電波は届くか、全てを完璧に仕上げてから釣り場を去る。数少ない一発大物を狙う釣りほど神経を使う。その神経の使い方は大げさだと思われるくらいがいい。

 鈴木君も最終チェックを終えたようだ。彼が設営したタープの下で折りたたみ椅子を寄せ、やっと一息をついた。ここから長い長い戦いが始まる。魚とではなく、自分の弱い根性とだ。

2015年北海道ソウギョ釣り 2015年北海道ソウギョ釣り
竿から離れたところにキャンプを設営 鈴木君も日没前の最終チェックを

 空に轟音が響く。雷か?いや、これは花火の音か。そういえば雨は止んだのか?いやまだ霧雨が降っている。どっちつかずの優柔不断な天気だ。こんな天気ではどこかの花火大会も中止を決められなかったのだろう。数キロ先の雨雲が赤や青に染まっては消える。ここからではちょうど花火本体が木や地面の凹凸に隠れて見えないのが残念だ。

 ・・・さて、二人の会話は続かない。鯉釣りのように次の打ち返しを考えることもなく、やる事をやり切ってしまっているので動く必要もない。まったく、本当に退屈な釣りだ。そうかと思えば時計を見るといつの間にか数時間が経過している。どんな過ごし方をしていたって、釣り場での時間は容赦なく一瞬で過ぎてしまうのか…。

2015年北海道ソウギョ釣り

 鈴木くんがぼそりと言う。

 「なんだかじっとしていられないですね。こういう釣りをするなら精神的な鍛練が必要かも」

 「俺もじっとしてられないよ」

 「百戦錬磨の安田さんがですか?(笑)」

 「俺なんて去年暇すぎて一人で花火やってたかんねwww」

 それどころか釣り場から1キロくらい散歩したこともある。どうも同じ場所に長時間居座っていられない性分だ。気付けば貧乏ゆすりも酷いものだ。二人ともお互いにあまり喋るタイプではないから、釣り開始から6時間が経過した今、虫の声しか聞こえない・・・。

 いつも早寝の鈴木君がうとうとし始めた。私も二缶目のお酒でも飲んだら果報は寝て待つとしよう。すぐ横のテントで眠る鈴木君の安眠妨害にならないよう車の中に入り、お酒を飲みながら携帯でYOUTUBEを漁るいつも寝る前のルーチンワーク。しかしどこだかの心霊スポットで肝試しをする動画に一人で茶々入れをすることにも飽き、私もシュラフに入ることにする。

2015年北海道ソウギョ釣り独り車で晩酌を そろそろ果報を寝て待とう

 防水対策をしていないテントは寝心地が悪く、こんな釣れない釣りの時に限って眠れない。薄目で見つめ続けたテントの天井は徐々に明るくなり、いつの間にか夜が明けてしまっていた。朝まづめ・・・この時間帯もソウギョがアタることが多い。さて、どうなるかこの釣り。今回は確実に枯木草魚のテリトリーをマークし、これまでにない可能性を感じている。しかし今回釣れずに終われば、次回からどうすれば良いのか分からなくなる。釣れなかったら…次にどうするべきか・・意味が有るのか無いのか、気付けばまた悩み始めている。

 突如耳に入ってきたブザー音で目を覚ます。悩みながら眠ってしまったみたいだが、今の音は鈴木君のブザーのものだ。雨の上がった外へ顔を出すが、近くに鈴木君の気配は無い。カメラを持って鈴木君の釣り場へ降りてみると絞られた竿が見えてきた。

2015年北海道ソウギョ釣り

 「掛かったの!?」

 しかし鈴木君は渋い表情。彼が手にしている竿は全開まで曲げられているが、ラインは動かない。ラインの先が数十メートル沖の水面を指しているところを見ると、明らかに枯木草魚のヒットがあったことが分かる。

 「センサー鳴りませんでした・・・」

 さっきのブザー音は不調のセンサーを試すために彼が自分で鳴らしたものだった。確かに受信機は反応していたが、彼の枕元では何故か反応しなかったのだという。

 「肝心な時に鳴らないなんて・・・」

 何時の頃か分からないが、枯木草魚は彼の仕掛けにヒットした。しかしセンサーが役に立たず、起床して竿の様子を見に行った鈴木君がやっとラインに異変があることに気付いた。しかし時既に遅し。ラインの先に魚はいない。外された仕掛けは障害物の上にでも落とされたのだろう。根掛かってしまったようだ。

2015年北海道ソウギョ釣り 2015年北海道ソウギョ釣り
 ラインのゆくえを追って 魚はおらず仕掛けは根掛り

 鈴木君のもう一本の竿を見てみる。

 「葉っぱ…やられてるんじゃない?」

 「食い逃げですね…」

 私の竿も見てみる。あぁ、こっちもだ…。私の一番竿の葦は葉が数枚食いちぎられている。そして針の付いた葦だけが無傷で残っている。そして二番竿、こちらも同じように食われ、針の付いた葉に口を出してはいるものの、針に触れるか触れないかというギリギリのところを食い破られていた。バイトアラームの感度は高めにしているが、バイブレーション付きの受信機は一度も反応しなかった。なんて繊細な食い逃げの仕方をするのだろう。枯木草魚の方が私達よりも一枚上手だったようだ。

2015年北海道ソウギョ釣り
いくつかの葉の先っぽだけが食いちぎられていた

 「続けよう」

 朝まづめの時合いは逃した。だが夕まづめがある。普段のソウギョ釣りでは朝まづめを逃したら夕方を待たずに撤収してしまうことが多い。しかし今回は本気にならざるを得ない要素が揃い過ぎている。このエリアをテリトリーとしている枯木草魚が何匹いるのかわからないが、今日は竿を仕舞ったり、鯉釣りに転向する気が全くしない。荒らされた葦を新しいものに変え、針を付け直そう。この朝、枯木草魚に見切られた事を踏まえてセッティングも変えていこう。ウェーダーを履き、再セットを行う。

2015年北海道ソウギョ釣り
夕まずめに向けて再セット

 もう一度センサーを確認。送信機をサイレントモードにしてから、ちゃんと受信機が反応するかを確める。鈴木君のセンサーもテントの外に置いておけば問題なく受信できるようだ。

 一度止んだ雨は竿を乾かすことなくまた降り出した。これまで本降りになることはなかったが、ここに来て風が強くなり、これが大きな雲を連れてきたようだ。タープが揺さぶられポールがキシキシと音を立てている。この状況は予報にはなかったはずだ。気象台も予測不能なほど天気が不安定だということか。
2015年北海道ソウギョ釣り 2015年北海道ソウギョ釣り

 強まった風雨は1時間程で通り過ぎてくれた。これまで私がソウギョの釣果を得ているのは無風という状況の中であることが多い。というよりほとんどがそうである。天候の変動で少しばかり不安が過ったが、空の鉛色は少しずつ明るくなり、風も止んだ。このまま夕まづめを迎えられれば幸いだ。

 「ナマズ釣りしてきます」 と鈴木君がルアータックルを持って立ち上がった。釣り場から離れたところにナマズの居そうなポイントがある。気分転換か…。ずっと座りっぱなしで体が重くなっていたところだ。私も着いていくことにする。自分はタックルを出さず、鈴木君が操るルアーを眺めるだけだ。ノイジー系のルアーがウネウネと水面を泳ぐ姿は眠くなりそうな私の目に刺激を与えてくれた。


 二人の呼吸が同時に止まった。鈴木君のセンサーが何かが起こったことを報せている。ルアータックルをその場に置き、釣り場へ駆ける鈴木君を追う。葦の壁に飲まれそうな釣り場。その中で彼はじっと水面を見つめたまま動かない。

 「…また食い逃げです」

 またか・・・またうまく針をかわされたようだ。空アタリがあったタックルをキャンプへ持ち上げ、しばし悩む。もう一度セットし直そうか・・だが夕まづめはもう近い。ここでまたバタバタと作業を開始するのも憚られる。結論、彼はその竿を畳むことにしたようだ。もう一本のタックルにかけるという。私もそれが良いと思う。

2015年北海道ソウギョ釣り
センサーに呼び出された鈴木君だが…

 やれやれ・・・手厳しいことだ。やっと枯木草魚のテリトリーを見つけたと思えば、今度は見切られるときた。これだけ近くにいて幾度もチャンスがあるというのに、幻は幻のまま終わってしまうのだろうか。

 鈴木君が置いてきてしまったルアータックルを取りに戻った。別にやることのない自分も何故かそれに着いて行く。ナマズ釣り場でつまらなそうにまたルアーをキャストする鈴木君。同じくしゃがみながらルアーを目で追う私。二人とも溜息が多くなる。


 背を伸ばそうと立ち上がったとき、微かにアラームの音が聞こえたような気がした。急に立ち上がったせいで耳鳴りか・・・。釣り場の付近で大きな魚が跳ねた。耳を澄ますが何も聞こえない。「いま何か聞こえた?」 「・・・いえ」 鳥の声か・・・だが胸騒ぎがする。気付けば釣り場へと走り出していた。しかし、釣り場に近づいてもアラームも鳥の声も聞こえてこない。キャンプに置きっぱなしの受信機はしんと静まり佇んでいた。

2015年北海道ソウギョ釣り
何か聞こえた気がするが受信機は黙ったまま・・・空耳か

 それでも胸騒ぎは収まらない。自分の釣り場へ駆け下り、そして目に入ってきた光景で確信する。1番竿のスインガーが上がりラインが張っている。ブザーは空耳ではなく、一瞬鳴っただけで止まってしまったようだ。だが枯木草魚は今そこにいる。

 「鈴木君!掛かった!!」

 鈴木君が降りてくるのを待つはずもなく、竿を手に取りアワセを入れた。重くどっしりとした感触。そして魚はゆっくりと動き出した。一撃に備えてドラグを緩める。次の刹那、ソウギョ特有の強烈な反撃を食らう。

2015年北海道ソウギョ釣り
開戦!

 水面に尾鰭をはためかせ、悠々と泳ぎ回る枯木草魚。次の攻撃はいつくるか。こちらも向こうもお互いに窺い合う。こちらから少しテンションをかけてみる。ゆっくりと竿を絞って距離を詰める。続いて相手からの反撃。重く大きな音と同時に破裂する水面。水飛沫が腕にかかるのを感じる。

2015年北海道ソウギョ釣り

2015年北海道ソウギョ釣り

2015年北海道ソウギョ釣り

 「小さいか?」

 「デカくないですか!?」

 「わからない。去年のあいつのせいで目が麻痺してる」

 無駄に動かず体力を温存するこの魚のファイトは、まるで人との戦い方を知っているかのようだ。こちらも強いタックルを持ってしてもパワーファイトに持ち込めない。こうなると重量のある日本の鯉竿よりも、軽く操作性の良いカープロッドを選んだのは正解かもしれない。

 目の前をゆっくりと、そして縦横無尽に泳ぎ回る枯木草魚。不意にすぐ足元まで来るが絶対に手を出してはいけないと分かる。魚との距離は約10メートル。この距離を埋められずファイト開始から10分が経過した。寄せてやろうとテンションをかければどんな反撃が返ってくるかわからない。まだ魚は顔を上げるつもりはないみたいだ。

2015年北海道ソウギョ釣り

2015年北海道ソウギョ釣り

 やっと魚の顔が見えた。去年逃したあいつの面影と重る。同じ魚ではないように見えるが大きさは同じくらいだ。こいつだけは絶対に逃がさない。何度も竿を握りなおす。水面に魚が描くVの字が大きくなりはじめた。魚が焦り始めているようだ。もう1レベルドラグを緩めよう。焦燥に駆られた魚の最後の一撃は強い。そんなのにやられたりでもしたら一生悔やむことになるだろう。だがこれに勝てば一生の喜びとなる。

2015年北海道ソウギョ釣り

 魚が頻繁に顔を上げるようになった。よし、もうすぐ獲れる。こちらからもじわじわとプレッシャーをかけて追い討ちをかける。鈴木君がタモを構えてくれている。

2015年北海道ソウギョ釣り

 そろそろ・・・去年一番恐怖した瞬間が訪れる。

 「よし!捕れ!!」

 これまで聞いた事のないような音を立てて魚の上半身がタモに入った。このままではまずい。暴れる下半身を無理やり捕らえタモに押し込む。今まで充分だと思っていたタモがとてつもなく小さく感じる。二人でタモの枠を持ち、ついに魚を引き上げた。

 水を敷いたマットに魚を乗せ、鈴木君と握手を交わした。そして再びマットに目をやると、あのときの幻と同じか、それよりも少し大きい枯木草魚がそこにいる。雪辱を果たした。

 いつもの調子で魚を持とうとするが手に力が入らなかった。両腕を使い無理やり抱きかかえた。30キロくらいあるか・・・重厚な体はあの幻よりも太く逞しいように思える。

2015年北海道ソウギョ釣り

2015年北海道ソウギョ釣り

 検寸板は10年前に自分でベニヤ板で作成したものだ。120センチまで計測できるそれに魚を乗せてみるが、目測でメモリが足りないということはわかっていた。しかも不安定な地面に重い魚を乗せたものだから板がメリメリと音を立て始めた。この検寸板にはもう少し活躍してもらいたい。魚をアンフッキングマットに戻し、メジャーを添えてみる。サイズは・・・

 123?125?もっと小さいか・・・?計る度にサイズが変わって見えてしまってしょうがない。鈴木君と話し合った結果122センチとすることにした。とにかく120センチを超えていればいい。これが幻を見てからずっと頭に染み付いていた数字だ。この数字を手にできたらそれでいい。

2015年北海道ソウギョ釣り
 計るたびにサイズが変わって見えてしまう。とりあえず122センチとすることに

 ぱっと釣れてしまった釣果じゃない。一年間、120センチの枯木草魚というワードを忘れずに追ってきたんだ。私にとって至高の釣果と言っていい。腕に抱いたこの魚との別れが惜しいくらいだ。でもそろそろ放さなければならない。マットに魚を包み込み、沼へ立ちこむ。

2015年北海道ソウギョ釣り

2015年北海道ソウギョ釣り

 興奮と疲れで震える手で魚体を支え、自ら泳ぎだすのを待つ。私の呼吸と同調するように枯木草魚も大きく鰓蓋を仰いでいる。水中で見るこの姿も猛々しくありながら優雅だ。そして私の手を離れゆっくりと沼へ帰って行く。「おまえ凄いよ・・・カッコいいよ、会えて良かったよ」思わず声をかけたくなる。

2015年北海道ソウギョ釣り

 この釣りをしていると、釣られた魚はただの愚かな小動物だとは思えなくなる。魚達が人間には考えられないないような厳しい自然の中で力強く生きていることが分かるし、その中でも特に凄い、強く賢い、むしろこっちが畏怖するような、尊敬したくなるようなヤツに出会うこともある。この枯木草魚もそのひとつだ。釣りをするというのは人間が一方的に魚をいじめていることに違いない。だが魚の強さや賢さ、格好良さをよく知ることができる手段でもあると思っている。矛盾しているようだが、最も魚を尊敬し愛しているのも釣り人なのではないだろうか。

 枯木草魚はしばらく岸際の浅場を泳いでいたが、やがて深く潜っていった。この沼はもしかすると近いうちに姿を変えてしまうかもしれない。またあいつに会えるだろうか。またいつか姿を見たいと思う。沼に18時のチャイムが響き渡った。

 今回の釣りをこのように終えられたのは鈴木君の力があったことが大きい。このポイントを選ぶに至ったのも、この夕まずめまでの24時間を粘れたのも彼のおかげだ。次は彼の初ソウギョを応援したい。

 「次は鈴木君の番だね!」

 「釣らせてもらいます!」

 震えたままの手でハンドルを握り帰路につく。今夜は眠れそうにない。



戻る
トップへ