まだ夏の名残りのある青空の下。秋茜たちが透明な羽を煌めかせ、音もなく飛んでゆく。秋はこのトンボたちのように軽やかに訪れた。彼らの群れを突っ切り、冷めやらぬ気持ちで川へ出る。
もういつ振りになるのだろうか。水辺の風を懐かしく感じる。ここで、畳んでばかりいた羽を眩暈がするほど強く伸ばしたい。
前にターゲットに触れたのは6月の下旬。もう2か月以上になる。しかしだからといって、久しぶりの釣行で簡単に鯉に会えるような釣りをしたいとは思わなかった。赴いたのは石狩川。去年もその前も、幾度となく惨敗している場所だ。ここで、強い闘志が無ければできないような、思い切り攻めるような釣りをしたい。
8月30日、16時。最も思い入れのある場所で荷物を降ろす。
2011年の夏、ここでの釣りは本当に熱いものだった。しかし次の年から状況が一変。水深が極端に浅くなり、どこまで投げても1メートルを超えない。それでも鯉は入ってきているようで、90台の釣果も聞いた。だがウグイとカニが多くなっていて、普通のやり方ではまず釣りにならないという状況。ウグイはともかく、エサに覆いかぶさり貪ってしまうカニをかわさなくてはならない。去年もそれに苦戦し、発砲仕掛けや食わせにソフトルアーを使ってなんとか子鯉を一匹ゲットできただけに終わった。ここで釣りをするにはかなりの気合と、釣れることを信じる力が必要だ。
今回はカニ対策としてタニシの丸掛けを試してみる。ここに来る途中の水路でタニシを獲り、タッパーに詰め込んできた。全身殻に包まれているタニシなら、少なくともシュリンク巻のボイリーなんかよりは持たせられるだろう。
仕掛けはヘアリグ。ニードルでタニシの蓋から殻へと刺し、硬い蓋のところがヘアの先端、ストッパーを当てる箇所とした。
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今回はエサにタニシを使用 |
いつものヘアリグに装着 |
ここでのヒットは遠投するよりも岸近くのちょい投げの方が多い。今回も1番竿を手前7メートル、2番竿を15メートルと投入距離を短くした。
関東を中心に昔流行ったタニシ釣りと同様に、ポイント周辺に柄杓でタニシを撒き、寄せエサとする。使用するタックルは私好みの大鯉専科+ピトンのセットであるが、後からパイロットとしてカープロッドとバイトアラームのユーロスタイルのものも2本追加した。これは捨て竿という意味もあるが、それよりも僅かな変化も見逃さないバイトアラームを使い、カニなどによる仕掛けの異変を感知するためだ。どれ程のペースでカニの攻撃があり、どこまでエサが持つかをこれで調べ、それを参考にメインロッドの仕掛けの打ち返しや作戦の変更を考える。
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今回はピトンセットをメインに使用 |
こちらは捨て竿。カニやウグイの反応を見る為 |
投入から2時間が経過。空は微かなオレンジ色を山の向うに残している。真っ暗になる前に仕掛けの打ち返しをしよう。ここまでバイトアラームが鳴ることは一度もなかった。意外とイケるか?そう期待するが、2番竿の仕掛けにタニシが付いていなかった。カープロッドの方も片方の竿だけタニシが落ちている。しかしこれはカニやウグイの悪戯ではなく、回収時にタニシの殻が割れて落ちてしまった可能性もありそうだ。仕掛けをヘアリグから2本針仕掛けに変更。去年の春、大雨の中でエビを使った釣りをした時の仕掛けを引っ張り出し、それをそのまま使うことにした。
サーモンフック「剛力鮭鱒」2本針。私が使用する中で、最も大きな針となる。これにタニシを、10年前に江戸川のアオウオ釣り師の方に教えて貰った方法で装着し、再投入した。大きなタニシの直付け。こっちの方がエサ持ちが良さそうだ。
カニやらウグイやらで大騒ぎな夜を覚悟していたが、それほどまでカニに惑わされることなく夜は更けてゆく。とはいえ、ほっとくといつのまにか針が空になってしまっていることもあるので、2〜3時間の間隔でのエサをチェックは欠かさない。この感じであれば充分に鯉のアタリを待てるのだが、どうも魚の気配を感じられず期待感が沸かない。
とりあえず、この感じで朝を待とう。もしこのまま駄目であれば、ここから移動する。もう一つ、攻めてみたい釣りがあるのだ。明日の午後はそちらにも手を出したい。こんな場所でも、タニシなら使えそうだと分かっただけでも十分だ。
この釣りをほとんど捨てたような気持ちになってしまったからか、本当に何の変化もなく夜が明けてしまった。朝マヅメから少し待ってみたものの、全く持って反応なし。水面にも跳ね一つ見られない。
午前8時、タックルを一度車に仕舞い、次の場所へと移動する。同じ石狩川内の別のポイントだ。その場所では去年、一昨年と苦戦ばかりさせられている。何度坊主を食らったのだろうか。 しかし、去年の7月の釣行でなんとか釣る鍵をひとつ手に入れることが出来た。その鍵をここで取り出そう。
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無反応のまま朝に。これから場所を移動する |
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獣道の草を軽く掃除し、その先の護岸の川岸へ降りると、ソウギョが暴れたかのような大きな水音が耳に飛び込んできた。ここは丁度向かい風となり、押されてきた水が護岸にぶつかり重い音を立てている。
釣りを開始する前に底を探り、地形と障害物の確認をする。石狩川は地形が変わりやすく、また流木がいたる所に沈んでいるため、釣りを始める前の底探りは欠かせない。一冬こえてしまえば、障害物の位置など何もかもが変ってしまうのだ。
狙いとなるカケアガリは健在。去年はその下に多くのゴミが溜まっていたのだが、それらの数はある程度減っているようだ。しかし別の位置にまた流木の茂みが出現していた。そこだけは避けて仕掛けを投入するとしよう。
そもそもこの場所でやるからには障害物との接触は避けて通れない。ここは竿の左右に古いテトラがあり、手前は石狩川用に開発された「岡ア式単床ブロック」という隙間のあるブロックが敷かれている。その上無数の流木だ。もはや難所というしかないだろう。
ここは水深1メートル弱の浅場から4メートルまで落ちるカケアガリがある。ポイントとなるのはその坂の上の浅場か、或いは下の3〜4メートルライン。カニは少ないが、大型のウグイがいるので注意が必要となる。だが、この広い川で控えめな攻め方では鯉を呼び寄せることはできない。竿をセットする前にフィーディングを行い、その内容もウグイがいる場所としては過激なものを使う。タニシは使わず、より攻撃的に攻められるボイリーを選択した。 1時間経過時に仕掛けを回収し、エサのチェックを行うが、浅場に打った2番竿のボイリーが少し削れている程度で、他に問題はない。PVAネットに3個のボイリーを入れ、同じポイントへ打つ。
正午を過ぎたあたりから、魚の気配を濃厚に感じられるようになった。寄せエサが効いてきたのか、アラームをピリッと鳴らすような小さなアタリが増えてきている。正体はウグイだろう。仕掛けがやつらの中心に入ってしまえば、いくらボイリーといえどもエサが持たなくなる。一度回収し、フィーディングした箇所から少し離すように仕掛けを打ち
直した。
それでもウグイによるアラームは止まらない。ボイリーを新しいものに変え、更に投入点をずらしてみる。鯉が来ることを信じて、ちょっとやそっとの障害には動じない。何でもやってやろう。
13時。アラームが一度鳴る。更にもう一度、まだ椅子からは立たない。三度目、間髪入れずに四度目。そしてついに音は止まらなくなる。鯉だ。もたれていた椅子から飛び出し、獣道を走る。右の藪の陰、釣り座からは見えないタックルがけたたましく啼いている。
この狭い場所で鯉を走らせるわけにはいかない。ドラグはいつもよりも強めに、一瞬でも鯉の気が緩めば雷魚釣りばりに引き寄せる。口切れに注意、鯉を怒らせてはいけない等々、普段のセオリーどおりにやるわけにはいかず、かなり強引なやり取りが強いられてしまう。
釣り場下流で足場が途切れ、下流へ走られるとそれを追う事ができない。そういう時は逆にラインを出して上流側へと向かい、岸から張り出す形になっている足場に乗って、魚が自分の真正面にいる体勢を取る。
風で荒れる濁った川面に白く浮かぶ鯉。中型だが、2か月振りの獲物として十二分に楽しませてもらった。サイズは75cmというところか。マットに乗せられても尚、力強い尾柄が私の手を除けようとする。リリースされ、川へ戻ってゆく姿もまた立派だ。
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二ヶ月ぶりの鯉は75センチ程のファイター |
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ヒットはカケアガリ下の1番竿だった。思ったよりも大型のウグイを多く寄せてしまったが、フィーディングが良く効いている。この感じであれば、寄せエサの中心から外れたところに仕掛けを置くのがベストポジションといえる。2番竿も回収し、両方とも新しいボイリーに付け替えて投入し直した。
しかし、それから時間が経つにつれ、ウグイがフィーディングの外へと進出してきたようだ。寄せエサが切れて魚が散り始めたのか、1番竿にやたらとちょっかいをかけてくるウグイが出始めた。余っていた寄せエサを開始時と同じ個所に少量撒き、ウグイをそちらへ寄せてしまおうと試みるが上手くいかない。仕掛け周りに酷い数のウグイがいるというわけではないが、ここのウグイは海から上がってくるよく肥えたものが多いからやっかいだ。一昨年あたりも50センチを超えるマルタウグイにやられている。腹の立つことに、それらはしっかりとアラームを鳴らし、しっかりと引いてくれるので、小型の鯉が掛ってくれたものと思ってしまい、やがて姿を現した細長い魚を見て思わず苦笑してしまう。そして今回もそのパターンにやられてしまった。