エサの重みを殺すと同時に、針は常に下顎フッキングへのフォームで待ち構え、より立体的にアプローチできる。創成川での観察でよく見た、吸い込まれているのに掛からずに吐き出されるという自体が起きているのなら、これで食った針を吐き出す猶予を消せるのではないだろうか。両竿ともこれに切り替え、ポイントにおさめた。
綺麗だった星空に雲がかかってゆく。仰向けになるように折り畳みイスにもたれながらそれを眺める。明日の予報は晴れ。前回ベテラン顔負けのポイント開拓をしていた少年が朝からここに来るとメールが届いている。気温が上がり、風が出てくれれば、そして2人で力を合わせれば、何かしら起こるだろう。それを楽しみに車に敷いた寝袋へ潜り込んだ。
午前2時頃、2番竿のアラームが軽く鳴らされるが寝袋から体を起こす前に止まってしまった。ラインが弛みきってスインガーが落ちてしまった可能性があるため様子を見に行くが、竿もラインも投入したときと変わりない姿でライトに照らされた。怪訝に思いながら竿を手にするとその感触は重い。掛かりに入られた・・・という感じではないようだ。そもそも2番竿は根掛り覚悟のポイントに打ち込んでいるため、ただ回収するだけでも仕掛けが障害物に引っかかることがある。ラインの先に魚の気配はない。竿を振っているとスッと軽くなり、空針のついた仕掛けが上がってきた。今の動作で針先が痛んでいる可能性があるため、仕掛けを交換して再度打ち直す。
目を閉じていると車内の温度がゆっくりと暖かくなってゆくのを感じた。寝ているのか覚めているのかわからない感覚の中、ドアをノックする音で確実に目を覚ます。もうすっかり昇った日の光で、思ったよりも長い時間眠っていたことがわかった。寝ぼけ眼を擦りながらドアを開けると「おはようございます」と少年が言った。今何時だ?と気にする前に「スインガー下りてますけど・・・」という少年の一言に反射して外に出る。2番竿のスインガーがラインから外れていた。熟睡しているタイミングだったのか、アラームが鳴ったのを覚えていない。仕掛けには半分に切ったポップアップだけがついていた。ラインもほとんど出されなかったみたいだ。これがウグイの仕業でなければ、また空アタリだったということになるのか・・・。
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朝、少年が到着。隣に入り準備を始める |
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打ち返しの作業をしている中、少年は私の左奥で底を探り、これから竿出しに入ろうとしている。良いポイントを見つけたのか、マーカーを浮かせ、柄の長い柄杓を使ってそこへフィーディングした。
暖かく気持ちの良い朝だ。しかし期待していたものが訪れない。これだけ日が昇っているのに風が全く吹こうとしないのだ。昨日西日が落ちる前は南の風が正面から吹き付けていた。夜間は一度止み、また朝になって気温が上がれば吹き出すだろうと思っていたのだが・・・。まっ平らな水面が日を映す。魚のもじりや泡も控えめだ。
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昨日まで強かった風が止んみベタ凪状態に |
少年もセット完了 |
暖かくなった地べたに座り込み、和やかな朝の水辺で談笑を楽しむ。こうなると一人静かな夜とは違い、突如として時計の針が加速したかのように時間の流れが速く感る。気温はぐんぐんと上がり、夜間に着込んだ上着の類を脱ぎ捨てた。19℃だった水温も今は21℃となっている。暑いと感じるのはこれが今年最後になるはずだ。防腐処理などしていない自作ボイリーが痛んではいけない。水滴のついた袋から出し、タックルボックスの上に広げて日向ぼっこさせておくことにする。
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ポイズンベリーとナッティを陽に当てる |
少年の自作ボイリーは円柱型。魚粉とバードフードを使用 |
午前9時、10時を過ぎても風は一向に吹こうとしない。水面には小魚による波紋が浮かぶものの、それ以上の跳ねやもじりはない。少年が打ち返しのため仕掛けを上げると、彼の自作のボイリーが針から消えていた。ここにはウグイ、タモロコ、モツゴなどの小魚がかなりの密度で生息している。水温が上がって奴らが活発に動き出し、私達のエサを狙い始めていた。私も不安になり、仕掛けを上げてチェックすると見事に何も付いていなかった。朝一でスインガーの下りていた2番竿をチェックした時、ポップアップのみが針について上がってきた。ナッティは市販のボイリーと比べると水中で柔らかくなってしまう。表皮を乾燥させた丸い状態では気にならなかったが、半分に切ってしまったことでその弱さが出たのかもしれない。匂いと味、食べやすさを保つため、カチカチに乾燥させることはしたくないのだが、こういう使い方をするのならば、例えば半分に切った状態で乾燥させたものを用意しておくとか、何かしらの改良、改造をするべきかもしれない。とりあえずはポップアップとの併用を止め、またナッティのシングルに戻すことにした。
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小魚の攻撃が出たため、表皮の硬いシングルに戻す |
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沼はベタ凪のまま最も日の高い時間帯が経過した。期待していた日中に裏切られたとあっては坊主逃れの救いの1匹を渇望するばかり。少年もなんとか食わせようと悩み悶えながら策を練っている。何かを変えなければ…いや、このままにしておくのが正解なのか…?待ちの釣りができないメンタルとなり、意味もなく竿のそばをうろうろしてしまう。
少年がPVAで数珠繋ぎにした自作ボイリーを持って立ちあがったのにつられ、私も仕掛けを打ち直す。時刻は早くも15時を過ぎようとしていた。もう2時間もすれば暗くなる。恐らくこれが最後の打ち返しとなるだろう。この二つ前に行った11時の投入で両竿とも投入点を変えていた。1番竿はこれまでより河跡の中心寄りに、2番竿は10メートル程飛距離を伸ばした。だがここで投入点を元に戻す。2番竿は次の回集時に根掛かりしてしまうかもしれない。それほど掛りの多いポイントに仕掛けを入れてしまった。
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なんとか一匹釣りたい。少年も思考を凝らす |
少年自作のブザーバー |
投入から30分。2番竿のアラームがローテンポに鳴らされた。ゆっくりだが確実にラインが出し続けられている。その音がウグイのものではないと気付いた瞬間から、他の何にも目もくれず、無言で竿へと駆けだしていた。厳しい状況の中に訪れた最後のチャンス。釣りをしているあらゆる時間の中でも、たった一度のヒットを切に願い待ち焦がれるシチュエーション。それが叶った瞬間。
スプールの回転速度が遅く、障害物を巻き込んでしまっている心配をしたが、ラインの先は既に底のフラットなエリアに抜けていた。魚は派手に走ろうとせず、夜間に逃してしまったものと同じように反抗気味ながらもこちらに従ってくれる。あっさりと岸に寄り、ラインの先はすぐ目の前にある。だがこのような鯉は体力を残しているためここからがしつこいのだ。頑なに顔を上に向けようとせず、反撃も多くなる。タモまではすぐそこだが、焦らずにじっくりとそれに付き合い、間違えても口切れなど起こさせないように丁寧に弱らせてから誘導する。少年がその坊主を逃れられる最後のチャンスを捕えてくれた。60センチ台。前回釣ったものよりも更に小さいが、口にはしっかりと針が付いている。アタリはあったのにスッポ抜けで全部バラシ…なんていう最低の事態にならずに済んでホッとする。
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やっと釣ることができた…。坊主逃れの一匹 |
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まだ少し時間はある。新しいボイリーを付け、PVAメッシュで包んだクラッシュペレットを添えてもう一度同じポイントにキャストする。「やっぱり掛りも積極的に攻めてみるべきだね」再セットした竿の後ろでそんな話をしていると、今度は少年の竿が引き込まれた。バイトアラームも私のものとは違う音色でそれを知らせている。「うおっしゃ!来たあ!!」少年は腕を大振りにしながら竿へと疾走する。彼にとってもまた、今回の釣りの結果を左右する大切なヒットだ。
「あぁ…」と声を漏らしながら座り込む少年。最後の最後にやっと来てくれたヒットを逃してしまうのは本当に辛い。その気持ちが痛いほど伝わり、「その気持ち分かるよ。分かりすぎて逆に笑えるもの。」と過去の自分と重ね合わせて思わずニヤついてしまった。これで少年が釣っていれば、二人揃って最後に下から捲り上げるようなハッピーエンドだった。終了時間への無情なカウントダウン。しばしのむなしい時間を経て、少年はタックルを片付け始める。私も同時に納竿を始め、先に荷物を纏めた少年と別れの挨拶を交わして今回の釣行を終了した。
リグのヘアの長さを変えたり、ポップアップボイリーを使用して針の浮力調整を行ったりと対策を試みたものの、結果としてはスッポ抜けと空アタリを解消することができなかった。そして期待していた日中のバッドコンディションに苛まれ、今回の目的としては十分な結果ではないと言える。もう少し考えてみよう。10月に入り、もう時間がない。やりたいことをできるだけ多くやってしまわねば・・・。この冬が辛くならないように。