ここは空知川の中腹に存在するため、水の色も川と同じように白く濁っていた。去年着た時よりも水位も多く、激浅で水中を見渡せたワンドも底を隠している。だがここは変わらず鯉の気配がある。ワンド奥の沢の流れ込みまで行ってみると、浅瀬で60センチ程の鯉がエサを探っていた。その周囲にも数匹見える。それを確認できた事で安堵感と高揚感が溢れてくるが、問題はここからだ。
見える鯉はみな捕食モードに入っている。去年もそうだった。なのにどの鯉も私のエサに振り向いてくれなかったのだ。ここで釣りをしたのは去年の一回だけであり、コンディション的なものもあったであろうが、今回も厳しい勝負になることを踏んでおく。
去年ここで使ったのはボタン仕掛けとダンゴの組み合わせであった。しかしバラケたダンゴは鯉にスルーされてしまい、暗くなってからの終盤はウグイの猛攻にあって敢え無く降参。それを踏まえて、今回はボイリーを使うことにした。もちろんダンゴなどよりも軽く、スムーズにキャスティングできるという利点もある。
かろうじて明るさが残る西の空。鳥のシルエットがその帯に向かって軽やかに飛んでゆく。吊り橋の欄干に寄りかかって夜が来るのを見届けた。ここは山に囲まれた田舎の町。釣り座の上にはこれまで木陰を作っていた木が覆いかぶさっている。つまりは本当に真っ暗になってしまうのだ。
LEDのランプを灯してもその周囲は闇。手元に置いた携帯もデジカメも、今まで飲んでいたペットボトルさえもどこにあるのかわからない。これだけ夜釣りに慣れていて、怖い物など何もないと思っていても、この状況で背後からいきなりキツネに叫ばれると驚かずにはいられない。それでもこの孤独な世界は私にとって最高のシチュエーションになる。
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ここは本当に真っ暗になってしまう |
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先程から反応していた2番竿のアラームが止まらなくなった。そして一瞬の期待が一瞬で消えた。あぁ、お出ましだ。やはり暗くなってから来たか。これがダンゴだったら、もっと早い段階からウグイのアタリが出ていたのだろう。20センチほどのウグイを水から上げることなく針から外し、新しいボイリーを付け直してキャスト。するとまた30分後にウグイが掛ってしまった。今年はどうもウグイに遊ばれてしまう。思えば今年に入ってからの釣行でウグイを釣らなかったことがない
。
1番竿も回収し、ボイリーを両方とも最も香りの薄い植物系のスコペックスに変更した。PVAにペレットは入れず、同じスコペックスを数粒入れて投入。ここまで1番竿にウグイのアタリが出ていないことで、2番竿の投入点を1番竿に近い位置に変更した。
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ど~も~!うーさんで~す♪ |
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だがまたしても2番竿にウグイがヒット。これでは去年と同じパターンに陥りそうだ。確実に鯉のいるポイントではあるが、ヒットを見込んでいた1番竿にも何の反応もないまま時間だけが過ぎている。このままウグイにやられるだけなのであれば場所を変えることにしよう。アタリ待ちのスペースは岬状になっており、写真にある通りに背後に湖の本流が広がっている。そこへタックルを移動させて再開することにした
。
投入する前にケミホタルを装着したフロートを使い、改めて底を探る。中途半端な事はしたくないので、水面に映る公園の街灯や木の影を目印に、地質、地形、水深をじっくりと探った。ワンドの出口からゆるやかに深くなるこのエリア。目印とした街灯の光が水面に映るポイントで1.8m。そこから本流へ向けてフロートの投入点をずらしてゆき、次の目印は大きな木の影が水面に映るポイント。ここから水深は3mを超え、比較的広い範囲で抉られている。そして次の目印、大きな木と小さな木の影の間。真中に打ち込んだところで5mほどまで落ち、そこからワンドに向けて大きな傾斜となっている事がわかる。カケアガリの下には枯葉などのゴミが溜まり、フロートの浮上を妨げていた。
まずは1番竿をワンドに近い3m弱のラインに投入。2番竿はカケアガリの下でゴミの溜まっているポイントに投入した。ラインが落ち着いたのを確認し、ヘッドライトを消して座り込む。このポイント変更で少しでもウグイの猛攻を回避できれば良いのだが・・・。
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ポイントを深場に変更 |
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一度2番竿のアラームが鳴ったが、そこからウグイのアタリは出なくなった。これでやっと落ち着けるが、本題は鯉の方だ。幾度かPVAと一緒にエサを打ち返してみたが、両竿ともに一向に変化がなく、静寂に落ち切ってしまった。時間が経につれ、どんどんと頭の中で迷いが生じてきてしまう。レンジを変えてみるべきか…、しかしこれまで確実に鯉がいるワンドの中で釣りをして全く駄目だったのだ。不正解で釣れないのか、間違ってはいないけど釣れないのか…。本当に悩みの尽きない釣りである。
短気な人は釣りが上手いという。その所以は、気長に釣れないまま黙っているよりも、何等かの行動を起こして正解を探し出し、釣れる方向へと流れを導いてゆけるからだ。しかし鯉釣りのような釣りの場合ではその限りではない。そのまま待っていれば釣れていたものを、下手に動いてしまってチャンスを逃し、逆に正解から遠ざかってしまうことがある。果報は寝て待て・・・これも鯉釣りには必要な要素になる。さあ、そのどちらを取れば良いのだろうか。
今回は「泊まり込み」という釣りではない。このまま夜明けまで寝ずに通し、早朝に納竿する予定だ。それゆえに竿の前に居 続けると色々と考えてしまう。そして行動を起こしたくなる。だが、今回はこれをセーブしよう。テントや車で休む事もなく、真っ暗で歩きにくいから散歩もしない。だからやる事がなくなって邪念が出る。SASAYANや伊藤君のようなルアーフィッシャー気質の人間は鯉釣りをするには落ち着きが無く、短気になりがちである。私はそれを指摘することがあるが、私だって似たようなものではないか。変にソワソワして作戦を変えたりするから、「あぁやっぱり止めればよかった…」「あのまま待っていた方が良かったのかも…」「もうどうすれば良いのかわけわかんねぇ」なんて後悔が納竿時に生まれてくることが多い。これから釣りをしていくにおいて、メンタルコントロールというものも覚えていく必要があるのかもしれない。今回はこのまま、方針を変えずに夜明けを待ってみよう・・・。
今何時頃なのだろうか。暗くなってからというもの、時間というものをすっかりと忘れていた。もちろんそれで良い。何時間こうしているのか、吊り橋の欄干に寄りかかり、札幌ではまず見ることのできない満点の星空を見上げ続けた。こうも心が落ち着くと、ちょっとした物音にまで耳がいく。鳴き続けるカエルの声、草の上を跳ねる音、どこかへ飛び立つサギの声、キツネの遠吠えに、口笛のように不気味に響く鵺の呼び交い。暗闇にわかる動物の息吹。その中でじっとしていると自分の存在を忘れてしまいそうな感覚に陥る。
いつの間にか東の山のスカイラインがくっきりと見えるようになっていた。丸一晩を竿の前で過ごしたということか。車やテントに入るどころか、折り畳みイスすら出していない。こういう釣りはいつ振りになるだろう。これこそが本来の夜釣りのスタイル。こんな釣りをしたかったのだ。夜釣りをテーマにした5月の茨戸では大雨によって見事に破綻したが、今回は釣れないながらもきっちりと夜釣りを出来た事に充実感を得た。
さっきから対岸がやけに騒がしい。大きな動物が草を掻き分けるような音にバシャバシャという大きな水音も聞こえる。ライトも見えないし、人ではない事は確かだ。暗くて何も見えないが目の前の対岸に確実に何か大きな動物が、それも幾頭かいる。鹿のような大型の動物が水を飲みにきているのか…そんな感じの音だ。もしかして熊!?…なんてね。そんなはずはない。だって
対岸って中州だもの。動物が踏み込めるような場所ではないはずだ。じゃあ何?謎は闇の中だ。
少し考え事をしているうちにライトなしでも足元が見えるくらいに明るくなっていた。今回も敗戦なのか…。諦めをつけようとしている時に鳴り出すアラーム。2番竿のスインガーが青く光りながらゆっくりと落ちていった。ラインを張ってみたが、それから動こうとしない。このまま置いてみることにしよう。ウグイだろう…と思ってはいるものの、タイミング的に最後の望みを捨てられない。
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スインガーが降りたが・・・ |
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糸フケのあった2番竿をそのままにしてしばらくが経過した。もうLEDの光を必要としない明るさになっている。この湖での二連敗となる悔しさ、そしてすっかりと気に入ってしまっているこの環境との別れが惜しいが、そろそろ帰らなくてはならない。先に2番竿を回収してみたが魚はおらず、ボイリーもそのまま帰ってきた。ウグイが悪戯して食いそびれただけなのだろうか。ウグイなら一度や二度食い逃しても果敢にアタックを続けそうなものだが…。
時刻は4時。鳥達が活動を始め、カッコウの声が朝の湖によく映える。今でははっきりと対岸が見えるが、あの音の正体は不明のままだ。何もいないし何もない。ただ背の高い草の生えた島があるだけだ。草の生えた・・・・。
タックルバッグをキャリーに縛りつけ、一晩世話になった吊り橋を渡る。またここに来るはずだ。少なくとも此処の鯉を見るまでは・・・。