鯉釣り日記2013 苦悩の夏2
 釣行日 7月14日18時〜
7月15日12時
 場 所  石狩川
 時 間


 赤く照らされる入道雲を前にして、私は石狩川の土手に座り込む。部屋のベッドの上で悩みあぐねるも、考えが纏まらぬまま此処に戻ることに至った。

 あの場所でカニの攻撃に勝つことができれば、狙える獲物は大きい。しかしその対抗策が見つからない。他にカニの少ないエリアで釣れる場所がいくつかあるのだが、去年のリサーチで、そこで鯉を釣ることができなかった。見事にアタリがなく、何連続坊主を食らわされたか分からないほどだ。

 このまま悩んでいては暗くなってしまう。もしかすると、あの場所も去年とは違う様相を見せてくれるかもしれない。良い方向に状態が変わっている可能性もあるわけだし、去年と同じくカニが少ないのであれば、無駄にエサを消費することなくゆっくりと釣りができる。坊主を覚悟で一度やってみようか…。意を決して車をその場所へ向かわせる。
 
 水温は25度と高く、潮は小潮であと1時間で満潮になる。
 エサは植物性で香りが弱く、粒子荒目「鯉夢想」を大き目に握って袋仕掛けに装着。またポイント周辺にもコマセとして数個投入しておいた。去年と変わりなくカニやウグイの攻撃が少ないのであれば、食わせエサはいつものメニューで良いはずだ。乾燥コーンとドライフルーツの組み合わせ。これで投入しておくが、まずは昨日のポイントでリミットとなった2時間で様子を見てみることにする。


 ここは手前数メートルまで底がタイル状のブロックになっている。それが終わるところから急な傾斜となり、水深は4メートル程まで落ちるが、それより奥ではまた2メートルほどにまで浅くなっている。去年は4メートルの深みと手前を重点的に攻めたのだが、アタリは貰えなかった。崖状になっている深みはともかく、手前のブロックには小魚やエビが集まるであろうし、実際鯉の跳ねも見ているので釣れないことはないと思うのだが…。悩みつつ、1番竿は深みの向こうの浅瀬に投げ込んでみることにした。ダンゴを背負っての遠投は久しぶりで、かなり右にブレてしまったが、「奥の浅瀬に打つ」というだけで特にこれといったポイントもないのでこれで良しとする。2番竿は深みに打ち込み、傾斜の下に仕掛けを落ち着かせた。


 ここで更に捨て竿を出す。本命竿で攻めていない手前のブロックと、これまで狙った事のない水路の流れ込みを探ってみるためだ。流れ込みは竿を出せる場所から少し離れており、土手を降りてコンクリートの岸を歩けば合流点に出られるのだが、土手上は藪であるために竿立てを刺す場所もなく、これまでまともに攻めることが出来ないでいた。しかし今回、コンクリート護岸の中にバンクスティックを1本だけ刺せる切れ目を見つけ、そこから竿を出せば水路の合流へアタックすることができる。捨て竿として出したのは、今回初めての使用となるPole and Lineの「TRAVELLER 4 12ft 3.00lb」。12f、4本継ぎのカープロッドで、これまで捨て竿に使っていたサーモンロッドで感じていたフラストレーションを一掃してくれる竿だ。

サーモンロッドに代わるTRAVELLER 4 12ft 3.00lb  捨て竿として手前と流れ込みを攻める

 水路の出口は浅く、水深1メートル少しといったところ。それが狭い範囲で広がっており、少し先で急に深くなる。流れ込んでくる水は茶色味がかっており、あまり良い水質とは言えそうもない。だが、水面に小さな波紋が確認できることから、小魚などはいると見える。2本の捨て竿のうち右側はこの流れ込み出口の浅いスペース。流れ込んでくる水と川の水の境目あたりに投げ込んだ。距離は岸から10メートルと離れていない。左の捨て竿1番は深みから浅いエリアへの駆け上がりの上がり切ったところへキャストしてみる。ここは障害物が多数沈んでおり、ファイト中の根掛かりを注意しなければならない。オモリは浮き上がりを良くするためにいつもより軽い20号の管付を使い、アルミ線で捨てオモリとする。

 捨て竿で探るポイントは広くない。入ってくる鯉の数もそう多くはないと見て、エサは長時間底残りしてしまうダンゴではなく、水中で溶けるペレットと少量の穀物を寄せエサにしたボイリーで攻める。(ガルプカープ・アイリッシュクリーム、フレッシュフルーツワン)


 昨日のポイントでリミットとなっていた二時間が経過。全ての竿を回収し、エサと仕掛けの状態を確認する。まずは本命竿。深みへ入れている1番竿、続いて奥の浅瀬へ投げた2番竿を回収するが、どちらとも異常はない。仕掛けの絡みもなく、食わせのドライフルーツも投入時のままの状態で返ってきた。捨て竿のボイリーにも傷などはなく、この後もカニの猛攻に脅かされることはないだろう。今日はゆっくりとアタリを待つことができそうだ。問題は釣れるかどうかだ。これから腰かける折りたたみ椅子は、ヒットを待ち構える余裕の玉座ではない。竿を出してしまった今になっても、ここを選んで良かったのか気にかかる。何せ子鯉の一匹すら釣れたことがない場所なのだ。

 2時間から3時間、4時間へとエサ換えの間隔を広げてゆく。湖沼のように小魚も群がらないであろうし、恐らくウグイも寄っていない。去年リサーチした際には鯉の跳ねが見られたわけだし、この上流でも一度釣っている。鯉が通らないはずはないと思うが、打ち込んだダンゴの粒子はさほど減っていないと見て頻繁な打ち返しを控えることにした。

 事務的にエサ換えをし、ハーフテントの天井に点したライトで本を読む。去年と変わらない石狩川での釣りだ。悩んでも悩みきれず、ただ転機を待つ。去年ならともかく、今年はまだここで一度もエサを打っていないのだから、アタリが遠いのも頷ける。昨日からベイトロケットなどを用いてエサを撒いておけばよかったか・・・。


 去年やらなかった事がある。それは日中の釣りだ。暑さに弱いが故に、日陰のないこの場所では気温が上がる前に撤収してしまうことが多かったのだが、チャンスは昼間にあるのかもしれない。自分の勝手なイメージとして「石狩川といえば夜」なんて考えていたから、日中の釣りを疎かにしてチャンスを逃していたかもしれない。朝になったらエサを打ち直し、日中まで粘ってみることにしよう。

 就寝前に一度エサ換えをしておく。トラベラーのボイリーは新しいものに換え、PVAは大き目のものに鳥のエサを多めに入れておいた。月が見る々々うちに消え、空が真っ暗になった。ライトを消し、暗闇に目を慣らしながら投入点を見据える。正面から心地よい風が吹き、それに逆らう形で仕掛けを飛ばした。次のエサ換えは4時間後の朝マヅメ。そこからが勝負だと思っている。それまでのこの涼しい時間帯は睡眠に興じることにする。


 窓から入る光が熱を帯びている。その暑さに目を覚まし、携帯を見ると予定の起床時刻を大きく回っていた。寝坊か…。上着を脱ぎ、車内よりも数段暑い外へと這い出す。とりあえずはエサ換え。これからの満潮に合わせてダンゴ、PVA共にエサを少なめにして投入した。

 今日は暑くなりそうだ。このエサ換えの作業で、既に額に汗が滲み出してきている。これではハーフテントになど入っていられないだろう。ここは日陰がない。不本意だが、車の中で過ごすのが一番涼しそうだ。パラソルを忘れてきたことが悔やまれる。


 日が昇りきったときには温度計は35度を指していた。ハーフテントの中は43度。水温も26度ある。元々暑さに弱い私には辛い環境である。熱中症対策用に置いてあるミネラルウォーターのキャップを開け、容赦なく喉に流し込んだ。この環境に付きっていれば、何かがあるかもしれない。この場所で連続ボウズを食らい、様々なことを試してきた。その中で唯一やっていなかったのが、ただ単に日が昇ってからも釣りを続けるということなのだ。馬鹿みたいに簡単な事だが、これに期待をかけて暑さに耐えてみせよう。

 信じる力が功を奏する。突如として、このフィールドに初めて電子音が鳴り響いた。風じゃない、ウグイでもカニでもない。トラベラーのラインがガンガンと引き出されている。

 水深が落ち込む手前の浅場で食ったか。既にラインはかなり出されているが止めることができた。てっきり下流に向かって走ると思いきや、上流に疾走していった。引きは強いが魚は大きくなく、重量はあまりない。走りが止まってから寄せる事自体はできるが、寄せるルートをコントロールするのが難しい。意に反して魚は沖へ突き出したテトラの先端へ向かってゆく。

 上流に走る魚を捕らえるのに、テトラは避けて通れない位置にある。そのテトラに近くタイミングで魚を弱らせて浮かせてしまい、そこから一気にランディングするつもりでいたのだが、テトラの先端を通られることは避けたかった。先端には引っかかった流木がひしめき合っているのだ。完全なコントロールミス。魚はその流木の下に潜り込んだ。やってしまったか・・・。仕方ない、テトラを渡ろう。タモを担ぎ、竿を立てながらテトラに飛び乗った。踏み外さぬように足元に注意を図りながら先端へと向かい、ラインを弛ませないように時折タモを置いてリールのハンドルを巻く。夏の日差しの中、思ったよりも大変な作業だ。足元に汗がポタポタと落ちてゆく。

   テトラ先端に溜まる流木に入られてしまった  

 やっと先端にたどり着き、ラインに引っかかった流木を外してゆく。現れた魚はまずまずといったサイズだ。とりあえずタモに入れるが、これを持ってまたテトラを渡り、釣り場まで運ぶ気力が無い。このままここでリリースしてしまおう。サイズは70台。多分73、4といったところだ。足場が悪く、写真がうまく取れない。

テトラを渡り、流木から魚を引き出す 連敗を経て初めての鯉70台。

 テトラから身を乗り出しながら魚から針を外し、ここで釣った始めての魚を手放した。そしてそのままテトラに座り込み、天を仰ぎながら一息つく。ちょうど正午のサイレンが鳴り、青空には飛行機雲。やっとここでアタリを取ることができた。その初めての魚はランディングをこんなにも手こずらせてくれた。こんな釣果でも、この1シーンは今年度の夏の大きな思い出となるなるだろう。

 もう十分だ。このままでは熱中症になってしまいそう。釣り場に戻り、汗だくの体のまま道具を片付ける。トラベラーを収納するとき、この竿が4本継ぎであることを思い出した。デビュー戦にして、初めてとなるこの場所の鯉と戦えたことになるのか。これまで捨て竿に使っていたサーモンロッドに代わって、大きな戦力になるだろう。

 やはり昼間だったんだ。これが偶然でなく正解であったなら、これまで多くのチャンスを逃していたのかもしれない。暑さ対策を考え、また今度、昼の釣りを念頭に入れた計画を練ろう。汗で重くなったシャツを着替え、思い切りきかせた車のクーラーに当たりながら帰路につく。火照った体は一度冷め、また次の釣りへの想いで熱くなる。次に来るときはきっともうトンボが飛んでいるはずだ。