鯉釣り日記2013 雨中戦闘記
 釣行日 5月11日16時〜
5月12日9時
 場 所  茨戸川
 時 間


 吹き荒れる川辺にひっそりと、人知れずに水芭蕉が佇んでいた。その傍らで、私はハンドルに凭れかかりながら、ヒーターを入れた車で雨の音を聞く。

 「こんなにも荒れるとは思っていなかった・・・」荒天の夕間暮れ。新しい場所を探すべく勇んでここに来たはよいものの、フロートを投げ込み、冷静に川底の感触を読み取る気はすっかりなくなってしまった。外に出ることも億劫だ。夜の予報は曇り。雨は上がるということだろうか。今一つ信じ難い。

 今回のテーマは夜釣りだが、これまで入ったことのない場所でやってみようと、数時間早めに出発してリサーチの時間を取った。だが、これは実行できそうにない。仕方ない、知っている場所でやることにしようか。この風なら、あの場所は丁度向かい風になるはずだ。



 今回のテーマ、それはエビ餌オンリーでの夜釣り。
 これまでの釣りではエビ餌を坊主逃れの切札として使っていたが、前回の釣行でエビをメインのエサとしての釣りをしたことがない事に気付いた。そこでこの一晩をエビ餌だけで通して釣りをすることにしたのだ。
 理想は暗い釣り場でハーフテントの椅子に腰かけ、竿を前にランプの明かりで夜を明かす…なんてものだったのだが、見事に天候に裏切られてしまった。レインジャケットのファスナーを首元まで締め、手早くセットを済ませたら車に避難するという正反対の釣りをすることになる。

 降雨量はそれほど多いというわけではないのだが、南からの強い風に煽られて横なぶりになっていた。選んだのは前回と同じ場所であり、ここは丁度向かい風になる。水温計は12℃を指していた。

 予め捕っておいたエビを針に背掛け、余計な事は考えずに仕掛けを投入した。1番竿、2番竿とも疎らに藻が生えているポイントの中になる。仕掛けは三角ピンを使った天秤式と2本針仕掛け。針は剛力鮭鱒の2/0を使用し、これは今まで使ってきた中で最も大きな針になる。大型のエビをたっぷりと付けられるサイズであり、エビの背を通した使い方をするのにバランスの良い形状となっている。


オモリ部分:(三角ピン天秤式)
サキ糸:便利糸12号
オモリ:六角30号(カモフラージュブラウン)

仕掛け:(二本針)
ハリス:巨鯉ハリス(プロブラック)6号
:剛力彩芽2/0
エサ
スジエビ

 フードを被った甲斐も空しく、一瞬にしてずぶ寝れになってしまった。センサーをセットしたらすぐに車に逃げ込み、雨着を脱ぎ捨ててシートに凭れかかる。これは大変な釣りになるかもしれない。エビはエサ持ちが悪いために打ち返しを絶やせないのだ。体中の水滴を乱暴に拭いながら、表面を流れる水でもはや見えない窓の外の色をぼんやりと眺めた。

激しい雨に向かい風 エサのエビは籠で捕獲

 セット完了から3時間後の19:00、センサー受信機がカンホルダーの中で反応した。急いでシートにかけてあったコートを手に取り、しっかりと腕を通す。出鱈目な羽織り方では外に出られないような雨だ。帽子を頭に、カメラをポケットに入れてドアを開けるが、雨の音にかき消されているのか、クリックは聞こえてこない。

 ヒットは一番竿。ラインの方向は左へ向いているものの、そこから動き出そうとはしない。またウグイなのか…。そう思いながら竿を立ててみると、その重量はウグイなんかではない。間違いなく鯉だが、この抵抗の無さはなんなのか。ドラグを締め、こちら側に引き寄せると魚は首を振りながらノソノソと動き始めた。そして次の瞬間から突然の駛走。スイッチが入ったようだ。
 鯉は左側の護岸の際へ向かって走り出す。この位置からでは柳の木が邪魔になるのでタモを担ぎながら移動し、応戦できる体勢を取った。こいつはなかなかやる。前回心地よい疾走を見せてくれた83よりも更に上を行く暴れっぷりだ。6秒、もしくは7秒。そのくらいの時間スプールを回しっぱなしにする。こちらから引き寄せリールを巻けばまた6秒。茨戸にもこんなやつがいるんだ。やはり9年前の生振は未熟な自分の錯覚だけではない。確かに、鯉釣りを初めて間もない頃の私なら、動揺してこれに対抗することはできなかったかもしれない。

 いつもより長い時間を要しながらタモで捕えたのは肉付きの良い80センチだった。もう少しサイズを期待したが、これでもこのファイトっぷり。サイズに関係なく最高に良い気持ちにさせてもらった。雨に濡れた甲斐もあったというものか。

(ほぼ)止水域の鯉とは思えないファイター80センチ 9年前の生振は未熟な私の錯覚ではないかもしれない

 タオルで顔を拭い、車の中でジャケットを脱ごうとしているところにまたセンサー受信。今度は2番竿のランプが点滅している。
 やっぱりさっきのあいつとやりあってしまうと、もう他の鯉では物足りなくなってしまった。ファイト時間1分もかけずに60台をランディングした。

2匹目は60台 上の80と比べると可愛いお顔

 20時。車内に ランプを灯した。雨は同じリズムで車の天井を叩き、一向に弱まる気配を見せない。夜から曇り、なんて予報は外れだろう。雷警報などは出ていないので、これ以上の大雨になることはないと思うが…。
 足をダッシュボードの上に投げ出し、うっすらと濡れて気持ちの悪いズボンをエアコンの風で乾かす。そんなことをしたって意味はないのだが…。ほら、またセンサーが鳴っている。
 今度のアタリはウグイだった。40センチ級の大型のマルタウグイが大きな針をがっぷりと咥えている。ここからウグイがアタることが多くなり、何度も外へ呼び出されることになった。本来なら血気にはやる想いで車を飛び出すはずのセンサー受信音が鬱陶しく感じられてしまう。

   このサイズのうーさんが連発・・・  

  容赦なくエビを襲うウグイに付き合って1時間。夜の雨がこれまでになく辛く感じる。なぜこんなにも体力を消耗してしまうのだろう。シートの上で力を抜き、コンビニで買ってきた梅酒の蓋を開ける。口の中で転がすようにしてその香りを楽しむが、梅酒というのは私の中では春の飲み物だ。いつになったらこの味が似合う温度と天候になってくれるのだろうか。

 十分に休む間もなく次のセンサーが鳴る。もういい加減ウグイは勘弁してくれ…。次来たらリリースするのやめるぞ?…そんなことを思いながらランプが付く1番竿の前に立つ。

 センサーのクリップは外れているものの、竿は動こうとせず風に揺られているだけだ。だがラインには多少の弛みが見られる。またウグイくさいなと手早く竿を持ち、リールを早巻きするとラインが張った時点でハンドルが重くなった。ウグイではないのか?ドラグを一段階締め、竿を持ち上げてみると、ぬっとりと重いものが寄ってくる

。なんだこれ?水面に見えるまでそれを引き寄せてみると、その正体は胴の太い鯉だった。見事に無抵抗で上がってきたその魚をタモに入れると、今になって大暴れし始め、タモを地面に上げるのに苦労させられた。まるで今まで釣られていることに気が付いていなかったかのようだ。このようにランディングされてから暴れるタイプも茨戸のような場所なら稀に見る。サイズは1匹目と同じくらいだろうか。尾を伸ばして80センチに届くといったくらいの長さだ。

  ちょっとマヌケなギリ80  

 この時、不思議な程に雨が弱まり、今まで猛っていた風が一瞬にして止んだ。無風になり静まった水面にガトーキングダムがはっきりと映っている。そんな時間がややあって、また強い雨と南の風が戻ってきた。なんとも不思議な気持ちにさせられる時間だった。

 この掌を反してまた戻したような天候の変化があってから、これまで煩いほどだったウグイのアタリが止まった。エサのチェックをしてみるが、エビは問題なく針に残っている。どうしたのだろうか、急に状況が変わってしまった。ともあれ、この時間で少し休めるだろう。雨着についた水をタオルでふき取り、それを前の座席の背もたれにかけたら倒したシートに寝転がった。

 目を覚まし、時計を見ると丁度日付が変わった。随分とアタリが遠くなったものだ。仕掛けを回収してみると案の定針からエビが消えていた。両竿とも大型で身のしっかりしたエビを選んで付け、ポイントの変更はせずに投入。すると20分ほどして1番竿にアタリが出た。今度は70センチちょっとの抱卵した雌でサイズの割に重量があるぶん楽しめた。しかし今日の鯉はヒットしてからほとんど走ろうとせず、全く動かないか、センサーを鳴らしてから少しラインを弛ませるだけというものばかりだ。

  ヒットしてからすぐに走ろうとしない鯉が多い  

 濡れては車に入り、タオルで水気を拭き取って横になると間もなくまた濡れに行く。アタリが多いのは嬉しいのだが、こんな釣りをしているといつもの何倍もの体力が消費されてしまう。釣りは朝までの予定だが、夜明けまで起きていられそうもない。どこかでアタリが止まれば、そのまま眠ってしまおうか・・・。
 時計を見ると午前1時。その時センサーが入り、1番竿のラインが弛んだ。重さ的にまた大型ウグイの記録更新か、と思ったが正体は40センチほどの鯉だった。

  5匹目 ここで一旦釣りをストップ  

 一旦休もう。予報では朝には雨が上がるというから、もしそれが当たるのなら時間を延長し、朝から続きをやることにする。40センチを釣った1番竿はそのまま仕掛けを上げ、ピトンに引っかけて置いた。そして本格的に眠る準備をして、冷たい寝袋の中、体を丸めながら眠りに落ちて行った。

 午前6時、目を開けると突然目の前が明るくなった。雨は見事に止み、雲の隙間から青い空まで見える。てっきり予報は外れると思っていたが、アスファルトが乾き始めるほどに天気が落ち着いて いた。

  青空の見えた午前6時  

 仕掛けに新しいエビを付け、竿を一度振るって垂れ下がる水滴を落とす。釣りを再開・・・するのだが、疲れが溜まったのか眠気から解放されずにまた車に戻って二度寝をすることにした。

 1時間ほど眠ったところで、今度は人の気配を感じて再び目を覚ます。気配の正体は伊藤君で、仕事帰りにここに立ち寄ってくれたみたいだ。外に出て立ち話をしている目の前でカヤックが出動してゆき、朝の陽ざしの中を軽やかに進んでゆく。
 伊藤君が去った後は漁師も動き始め、ポイント近くに仕掛けられたエビ籠を回収している姿があった。やはり明るい時間は騒がしいな…。アタリは止まってしまったが、次にセンサーが入ることがあればそこで終了しよう。このまま何事も無いのなら、このまましばらく熟睡したい。軽くパンとジュースで朝食を済ませ、車の窓を解放。居心地の良くなると、また眠気がやってきた。

 涼しい風にあたりながら気持よく疲れを癒して数時間。すっかりと落ち着いた空模様の中、2番竿のセンサーが入った。ラインの先の存在感はウグイなどではなく、間違いなく鯉のものだ。この魚を最後に切り上げよう。雨が無いだけで心地よくゆとりを持って魚と向き合える。浮き上がったその魚を丁寧にタモに入れ、今回の締めとなる鯉から針を外した。

  ゆとりのあるやり取りで締めの鯉を  

 強い風に乗った雨に打たれ、車に入っても濡れた服を乾かすことすら許されたなかったこの釣行。ここまで悪天に付き合ったことが今までにあっただろうか。とてもとても長い夜だった。その中でナチュラルベイトをテーマにし、自分には十分な釣果を得ることができたこともあり、気が付けばある意味ともて充実した釣りとなっていた。この一夜も自分の記憶に色濃くに染みつき、良い思い出として幾度となく思い起こす事になるだろう。
 季節はいよいよ夏へ向かってゆく。次はどんなテーマで釣りに臨もうか…。巡る思索は止まらない。