残る雪から滴る解け水。踏み出すつま先に分かる温もり。すべてに優しさと嫋やかさが宿る４月の初めに、このシーズンを共にする道具たちを呼び起こす。
納めた鞘から竿を抜き出し、砥石に針を滑らせる。担いだバッグの重たさは、去年手にした想いの重さ。今年はどれだけ増えるのだろうか。春風を頬にしながら立つは小さなフィールド。寒さに凝り固まった肩を解すウォームアップ。これから始まるシーズンの余興はここで行おう。
幾分か温かくなった水は強く流れ、青白く濁っている。雪解けと、ここのところの不安定な天候のせいだろう。予報では晴れと出ていた今日も、午前中には少しだけ水滴が窓ガラスに落ちてきていた。明日の日曜日に至っては荒れ気味になるそうだ。
時刻は午後２時。午前中は色々とやることがあり、その間にも電機ショップから電話が入った。予約していたビデオカメラを入荷したというので、それを取りに行ってからそのまま近場で竿干しをしよう。そんなプランであるから、到着がこんなにも遅くなり、また釣りができるのもあと３時間程になる。それでも余興には十分な時間だ。今回は只竿を延ばすだけ。それに難しい場所なんかではないから、釣果だって望めるだろう。ゆっくりと竿を延ばし、寄せエサに使うコーンの缶詰を開ける。
まだ水温が低いせいだろうか、魚影は比較的少なく、６０センチクラスの遊泳が見られるのみ。３時間の釣りで一匹かせいぜい２匹。そんなと ころだろう。釣り座は去年の春にやったのと同じく、合流地点の少し上で、右岸の際が若干の深みになるところに構えた。海津１８号にはカーネルコーンを二粒。今日は一段と流れが強いため、打ち込むポイントは足元に限る。落としオモリを施さなければあっという間にラインを覆ってしまうほどのゴミが流れてくる。これほど流れがある場所の鯉の行動ペースは速い。足止めを目論み、いつもより少し多目に寄せエサのコーンを撒いた。流れを考慮して、ポイントの上流、下流と広範囲に撒く。
だが状況は思っていたよりも厳しかったようだ。入ってくる魚の少なさ。この状態がしばらく続くのであれば魚を寄せて短時間での連発は狙えない。とにかく一匹を目指すのみで、２匹目以降のこと を考えている余裕もないかもしれない。
時折忍び足で竿に近づいては水面を覗くが、去年ここで釣ったときのように深みの淵につく魚がいない。このポイントは不正解であるということになる。場所替えをすることを決心し、魚が付きやすく、短時間で狙いやすい場所を探す。地形の起伏に身を隠しながら偏光グラスで川の様子を見てゆくが、時間もあるしあまり奥まで担ぎ込むことはできない。ここまでで幾匹かの鯉の魚影を見ることができたが、今日はグラスなしでも底を見渡せるような流芯から外れた浅場に姿を見せることが多いようだ。仕掛けを回収した竿を担ぎ、水が淀むような落ち着いた浅場へ移動する。この日はこのような所に魚が出るということが分かったものの、その魚達の動きを見れば食い気が今一つ足りないということが分かる。
しかし再投入してからものの５分程で竿が絞り込まれた。今年初の鯉は水深５０センチほどの反転流の中から竿を揺さぶるようにしてセンサーのスイッチを入れ、流れへと出ていこうとする。６０センチほどの小型というのもあるが、水温の低さからなのか此処の魚としてはイマイチ走りが弱い。とはいえ、今シーズンをスタートさせてくれる初鯉だ。無理にタモで捕えるようなことはせず、しっかりと浮かせてから大切に誘導する。
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| 少し場所を移動して・・・ |
今シーズンのスタートを切る一匹 |
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去年はせっかくの初鯉をバラしてしまった思い出があるので、また外れやしないかと心配になってしまっていたのだが、フッキングは上々で、鯉の鱗の揃った綺麗なものであった。
安堵感に浸りながら再セットするが、この一匹を釣ってしまって以来、入ってくる魚の数がめっきりと減ってしまい、２匹目を期待することの出来ないような状態になってしまった。残るは一時間。仕方ない、無理に釣ろうとせず終了時間まで大人しく待っていよう。さっき買ったばかりのビデオカメラの説明書を取り出し、今後の釣りでこのカメラを使いこなすべく一つ一つの機能を試してゆく。
もうそろそろ片付けないといけない。重い腰を持ち上げようとした時、突如としてラインが水面を引き裂いた。二匹目のヒット。カメラは三脚から外してしまっているので撮影出来ないが、今度の鯉はさきほどのものよりも力強く私に抗おうとする。水面に姿を現したのはこれまで釣ってきたものの中でも一際銀色の目立つ体色をした７０台だった。青に近いその色は金や茶の鯉とはまた違う美しさを感じさせる。
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青みがかった体色の2匹目 |
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晴れていた空はどんよりと曇り始め、気温の低下を感じる。時刻は１７時。今日はここまでだ。次回が本番。時間をたっぷり使ってのんびりと釣りをしたい。その時はもっと春らしい陽気に包まれていることを願う。
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