鯉釣り日記2012 決着の二晩
 釣行日  7月27日18:00〜28日6:00
29日18:00〜7:00
 場 所 篠津湖
 時 間  天 気 晴れ 南東の風〜北西の風後微風


 窓を少し開けると湿り気のある生ぬるい空気が流れ込んでくる。それとは対蹠的に、車のすぐ横にある葦の群生は絶え間なく乾いた音を振るう。かれこれ何時間、この環境に付き合っているのか。ここは丑三の篠津湖。ロックロールの敷き詰められた足場の先で、竹竿に括り付けられた葦の葉が風に揺らぐ。


 南東の強い風は一晩中吹き続いた。ロックロールの隙間から水が溢れ出し、とてもじゃないが江戸川式の草針では心配で眠れないようなコンディションだ。竹竿に括っている葦の葉に、ハリス40センチの1本針を縫いつけているが、これだけ風に煽られていたら、葉が破れて針が落ちているのではないかと心配になる。それでも今さらバタバタと針を確認したり、付け直したりなんてしていられない。チャンスは一度あるかないか。それを水の泡にしてしまわぬよう、気を付けられる事は気を付ける。静かに何もしない、何も出来ないのと同時に、几帳面で神経質に。几帳面で神経質な釣りだから何もしない。いつのまにか寝袋も敷かずに眠りに就いてしまっていた。寝苦しく、幾度となく寝返りを打ったことだろう。

 朝日の眩しさに目を覚ます。車を降りて新鮮な空気を吸い、次に土手を下りて一晩水に曝された葦をただ眺める。静かな夜を明かしたいつもの行動パターンだ。回収した葦には傷ひとつない。こんな釣りだけに、仕方ないというの同時に大きな歯がゆさもある。


 午前7時には篠津を出て札幌への帰路につく。一度家に戻り、暑い時間帯を避けてこの夕マヅメから札幌から石狩川で釣りをする予定であった。しかし心の端にある煮え切らない思いが迷いを生じさせ始めた。想い寄せればそこにしか意識がいかなくなる私の性分が、石狩川へのピントを外し始めている。あんなものを見てしまったから…。岸際の笹の葉に残されたソウギョの食み痕。その光景が頭から離れなくなっていた。


 わかったよ、もう一晩やろう。優柔不断に迷う自分に言い聞かせる。この一晩でケリを付けてこれで終わりにしよう。これからシーズン中にやりたい事も沢山ある。あれもしたいこれもしたい、そんな邪念を一つ減らす為、結果どうあれ今年のソウギョ釣りを今晩でやり切る事に決めた。

 15時、再び篠津湖へ舞い戻った。まだ日が高いため釣り人の姿がちらほらと見える。その中に見慣れた姿がある事に気づくと、向こうもこちらに手を振った。佐々木さんともう一人、初めて見る少年が並んで竿を出している。彼はこのホームページを見ているとの事で、聞いてみれば読んで字のごとく、掲示板に書き込みをくれた「篠津湖少年」だった。

 挨拶を交わし、釣況を聞き、まずはそんな軽い立ち話をしていると、少年のバイトアラームが鳴る。40センチほどの鯉。それを大切に釣り上げ、優しくリリースをする姿を見て、熱心に釣りに取組む少年がいることを嬉しく思う。そして同じくして、ついこの間まで私が「少年」と呼ばれていた事も思い出し、時の流れの速さまで感じてしまった。

少年が釣る 篠津湖少年 対面していきなり釣ってくれた

 私は一度沼の周囲を回りに出かけ、そのついでにルアーも投じてみる。去年はスピナーベイトで小さいナマズが連発してくれたのだが、どういうわけか今日は一度のアタリも出ない。数十分の間、ゴロ石回りや岸のヘチなどをスウィミングやボトムバンプで誘ってみるも、空しくもチビナマズのチェイスすらないまま終わった。

 特に新しい発見も得られなかったので、ひとまずいつもの駐車場に戻り、佐々木さんと少年の釣り場にお邪魔する。釣り人が多く、ナマズ釣りの人の車の出入りもあるためにまだ準備する気にはなれず、セットは日が落ちる頃に始める事に決めた。それにまだ暑いし、ここはのんびり芝の褥で寛ごう。他人の釣りを見てから自分の釣りを始めるというのもまた、気合の入れ方としては良いものだ。

 17時過ぎ、少年のお母さんが彼を迎えに来た。そして佐々木さんも撤収準備に取り掛かり、私はその横で夕陽に照らされる終日の一コマを見送る。そしていよいよ私が動く番だ。車を出していつもの葦の群生へ向かい、小さく柔らかい葉を持った葦を選んで、予備分も含めていくつか刈り取る。次に釣り場選び。今夜はロックロールエリアではなく、いつもの整備された岸でやることに決めた。大きな木の日陰になるところに車を置き、釣り場はその斜め前。少し距離を置いたところでタックルを降ろす。

 荷物の撤収を終えた佐々木さんと少年、少年のお母さんに見守られながらピトンを刺し、竿と仕掛けの位置を決める。ピトンの位置がどうこう、竿の角度がどうこうと気にしては同じ作業をやり直す。そんなモタモタとした準備過程を3人に見られてしまった事に若干の恥じらいを感じる。
 
 今回は2本のメインタックルの他、捨て竿としてサーモンロッドもその横に置く事にした。出発前に決めたとおり、今年のソウギョ釣りは今夜で切るつもりだ。だから出来るだけのことはやろうという意味で、ソウギョ釣りで初めて捨て竿を出した。

 竿先から垂れる弛んだ糸。その先にはオモリのない仕掛け。ハリス5号40センチ。針はチヌ針10号。それを根の少し上から切った茎についている葉に縫い付け、葉の先の方に針を出す。去年は寄せの葦の傍らに草針を浮かせて見事に見切られ、朝起きると寄せ葦は茎だけ、でも草針は無傷という光景を見せられることになった。今回は寄せ葦に直接針を縫いつけている。テンションで葉が切れないようにオモリは付けず、また葉が縦に裂けて糸や針が外れないよう、ハリスの後ろ先端部分と葉をホチキスで止め補強しておいた。

とかく丁寧にセットを進める セット完了後 ゆっくりと夜を待つ

 扇型に広がる夕焼けの下、優しく降りゆく夜陰に心を絆されその場に座り込む。捨て竿のバイトアラーム送信機の音量をオフにしたのを最後に準備は完了。昨晩吹き荒んでいた南東の風は北西へと向きを変え、日が落ちた頃には力を落とした。静かな夜の始まりを、一斉に鳴きだしたカエルの声が知らせる。夕食前に少し離れた場所でナマズでも釣ってこよう。夜間はいくら退屈でも外をうろつくのを控えたい。遊ぶなら今のうちだ。

 チューニングしたジッターバグを導き、いつもナマズのいるポイントで小刻みに遊ばせる。そしてバスッ!という重たい音と、ワンテンポ遅れて伝わってくるラインの先のうねり。ジッターで1匹出したら、今度はペンシルべイトを揺する。ナマズがいる場所さえ分かっていれば、着水から1分以上かけたスローテンポのリトリーブでスレたナマズを物にできる。去年はナマズだけを狙った釣りにここへ来た事もあったっけ…。去年の夏を思い起こすと、やたらとナマズという単語ばかりが出てくる。


 月明かりが角度を変え、頭上の木の陰に隠れてゆく。この静かな夜は車の中ではなく、折りたたみ椅子に深く腰をかけながらじっとしていることにした。キャンプ場のあるほう方から子供の遊ぶ声が聞こえてくる。温泉もあって、沼全体は綺麗に整備され、遊び相手になる魚も豊富にいる。釣り人にとっても、そうでない人にとっても、ここは本当に良いところだ。

 どこかの葉の上でカエルが跳ねる音。時折よりはっきり聞こえてくる対岸の吐き出しの音。そのどれもがソウギョが草を食む音であるような錯覚を起こす。そんな小さな音が聞こえる、そんな夜に奴は来る。根拠はないが、昨夜に対してこの夜は期待感を胸にできる。

 就寝前、椅子から立ち上がり駐車場のトイレへと向かった。その道中、岸際で物凄い飛沫が起こりその一部が私の目の前へ散ってゆく。ソウギョだ。やってしまったか・・・ライトは点けず、足音も立てていないつもりだったのだが。私の釣り場の方へ向かっている魚であったのなら、少ないチャンスを一つ潰してしまったことになる。こんな事で一晩の明暗が分かれてしまう、そんな釣りなのだ。もう大人しく寝てしまおう。車のドアはできればもう開け閉めしたくない。


 目を覚ましたのは午前5時。この夜もダメだったのか…。車内で蚊取り線香を炊いていたものだから少し喉が痛い。ひとまず外の空気を吸うために車のドアを開けた。そして靴を履き座席から降りようと視線を少し下に移したとき、小さな動体が目に入った。

 ドアを閉めようとする手を止め、その場にしゃがみこんだ。岸際のゴロ石の上にいる。水面から時折露出する鰭はソウギョのものだ。岸寄りして柳の葉を漁っている。そして少しずつ右へ移動しながらまた新たな葉を捜している。その進行方向には私の竿。このまま行けばもしかしたら…。

 車を降りようとした時、動体が目に入った。 ソウギョが岸寄りしている。 

 釣り場左の柳の木を漁った魚はそのまま更に右へと移動してゆく。それを目で追い、そして息を呑む。ソウギョの目の前にあるのは私が仕掛けた葦のみ。水面スレスレを泳いでいたソウギョは一度潜り、次の瞬間サーモンロッドの葦が動き出した。ガサ…ブチブチ…いま一枚の葉が食い取られた。だがそれには針はついていない。ソウギョはそのまままた移動を始め、今度は1番竿の葦に口を伸ばす。また同じように葦の束が揺れる。そして同時に竿も引き込まれ始めた。そう、それだ。それを選んで欲しかった。止まらない竿の揺れがヒットを告げる。すぐさま立ち上がり、竿へと駆けた。

 久々に手にするこの感触。浮かせるたびに同じだけ潜り、そのパワーで竿が鳴く。大きくはないが、ソウギョらしいファイトを楽しませてくれる。このフッキングは最高といえよう、この針は絶対に外せない。余裕を持ったやりとりで十二分に楽しませてもらった後、86センチのその魚体を捕らえ、掬い上げる。

2年ぶりのソウギョ そして初めてみたヒットの瞬間 86センチ 色んな意味で楽しませてもらった。

 車から出たとき、気づかずにそのままドアを閉めていたらこのヒットはなかっただろう。岸寄りして柳を食うソウギョ。そして針の仕込まれた葦を食い、少しずつ竿を絞っていくヒットの瞬間。これを見られたのはとても幸運なことだ。
 霧が晴れ、朝日が眩しく湖面を照らす。この夜で切ると決めていた篠津湖のソウギョ釣り。この結果なら心置きすることはない。満悦した気持ちでゆっくり朝食を取り、午前7時に撤収した。夏も残すはもうあと僅か。よし、次へ進もう!