釣り日記2011 本流 後編 

釣行日 6月18日15時〜
6月19日16時
場所 石狩川
時間 天気 晴れ 無風〜北西の風 大潮


 後編 本釣り

 6月18日15時。

 この川への感情的しがらみに翻弄され、SASAYANと共に再びここに立つ。
 フィールドの様子に変わりはなく、昼過ぎに降り出した雨も通り雨に終わった。あとは全てを発散させるだけだ。地面を靴の先で探り、ピトンが刺さることを確認するなり、早速準備に取り掛かる。

 フィールドの両サイドは浅い。今は潮が満ちた状態であるが、このまま引けば魚は入ってこれなくなるはずだ。その浅瀬から深くなる奥のカケアガリを横から狙うのも手だが、それは捨て竿を出す気になったときにでもやるとしよう。本命竿2本を掲げるピトンは、フィールドの中央から真正面に向けて立てた。

 SASAYANもその横で同じようなスタイルで竿をセットさせている。続いて仕掛けとエサだ。前編の最後に記したとおり、何をどうすれば良いかという理論的な裏付けなどない。こうすれば良いのでは?と後ろにクエスチョンマークが付くような勘を頼りに、リグケースから仕掛けを選び、ベイトボックスからエサを選んだ。

勘を頼りに仕掛けとエサを選ぶ ドライフルーツ系の食わせを選択

  仕掛けはいつもの袋仕掛けだが、針はこの頃使っているものよりも大きいチヌ10号を付けた。これにグリーンレーズンや角切りにした乾燥パパイヤなどのドライフルーツを若干潰すような形で針奥に押し込める。ダンゴエサは「どすこい」を単品で握った。ここではなんとなく、これ単品がいける気がする。違うと思えばどうにでもローテーションできるよう、「巨鯉」や「鯉パワー白虎」などベースエサになるものに加え、「鯉師」や「鯉将」、また「神通力」や「鯉スパイス」といった各種類の市販エサを揃えてきている。引き出しは多いに越したことはない。

 それらを打ち込んだのはいずれも岸から近いポイント。1番竿は約7メートル、2番竿は15メートルほど投げてみた。こんな川ゆえ、それ以上の遠投は流れの抵抗を大きく受けるため、とりあえずは避けることにする。

 雨後の空に西の日が映えた夕方。半袖の腕に感じる風はなく、水面はいったて穏やかに流れゆく。初めてここを訪れた時は風が強く、水がこちらに向けて波を立てていた。そんな荒い印象を一掃してしまうほど静かで、それゆえに未だ魚の動きを感じられないことが気になる。一度目のエサ換えを終えた私達は、この夜が長くなることを踏んで車で散策に出かけた。


  土手上の道路。夕焼に輝く田園の美しさに心が洗われる。
 目的もなく、いつのまにか国道まで出てしまった私たちは、夕マズメの茨戸川に車を止めて、菱の浮く水面を眺める。草の中でエサを探す鯉が多数。他にヘラブナなどもここにたまっているようだ。持ってきたルアータックルに簡易仕掛けを取り付け、藻の中の鯉を狙ってみる。

 通い慣れたこの止水域。これほどにまで魚の気配を感じることができる。それに対して、今回竿を出す石狩川の本流では、一度の跳ねもモジリも見ていない。川の大きさにかき消されているのか、それとも本当に魚が動いていないのか・・・。まぁ、あの場所でやり切ると決めているのだから、そんなことを心配してもしょうがないのだけど…。

  二人の目の前を悠然と泳ぐ一匹の色鯉。私たちの存在を知ってか知らずか、幾度となく現れる。濁った水中に浮かぶオレンジ色の魚影を追うも、日没にその姿も消えてゆく。

  日没前の散策で茨戸に立ち寄った。  

 散策から戻って、そこにあるのは暗く静まり返ったフィールド。無風の状態が続き、暗闇に静かに流れる石狩川は不気味さをもつ。センサーランプの点滅は無し。ラインが弛んでいるとか、変な方向を向いているだとか、そういった変化はまるでない。私も期待すらしていない。全力をつくすが、それでもいきなり釣れるとは思っていないからだ。

 2度目のエサ換えをしようと思い、フィールドの竿付近ではなく、アタリ待ちの釣り座のほうに目をやってみると、こちらには大きな変化があった。置いていた荷物が明らかに荒らされている。あぁ…油断した…人が来ることは少なくても、動物はいくらでもいることを忘れていた。ボックスの中に入れていた、大半のダンゴエサの袋や自分の食料は無事である。しかし、いくつか車や箱に入れ忘れていたエサの袋は無残に開かれて中身が散らばり、今回食わせエサに使用しているドライフルーツの類は、瓶の蓋の閉め忘れで見事に全部やられていた。レーズンも角切りパパイアも、瓶だけを残して一つ残らず無くなっている。レーズンなんか、買ったばかりで瓶一杯にあったのに、本当に一粒も見当たらない。どれだけ行儀よく完食したのやら。犯人は足跡からしてカラス。そういえば散策に出かける前、SASAYANがカラスに餌付けしていたような……。

 「おまえが餌付けなんかするから荒らされたじゃねぇか!」

 「違うよ。安田君は餌付けしなかったから荒らされたんだよ」

 「なんでそうなるんだよ」

 「俺の荷物は荒らされてないもん。餌あげたから荒らさなかったんだよ」

・・・・・・・・・
・・・・・
・・・

 カラス:「あの
JOYに似てる人、エサくれるぞ〜」

 カラス:「なんであの安い石川遼みたいなやつはエサくれないんだ?」

 カラス:「石川ケチだなww荒らすかwww」

 なるほど、こうなったのか。

 って、そんなワケなかろうが!
 軽く散策前のSASAYANの行動を恨みながら、散らかったエサを片付け、車の奥から予備としてある焼酎漬けのパパイヤの瓶を取り出した。やられたのはヘラブナ用のエサとバズベイト、未開封だった「食わせコーン」まで見当たらない。開封していないのによく中にエサが入っているとわかるものだ・・・

  レーズンもパパイヤも、全部カラスに食われた  

 ダンゴ作り用の漬物タッパーもカラスに触られた形跡があるが、幸い作り置きしていたダンゴはすべて無事だった。
 そろそろエサ換えの時間だが、投入点などの方針は変えずに、このまま朝を待つのが無難だろうか。仕掛けを回収すべく、流木の犇く川辺へと降りた。持っていた懐中電灯をいったん竿の横に置き、暗い川面に消えるラインの先を眺める。今は下げ潮。散策前よりも水位が下がり、これから深夜にかけて更に水面が落ちてゆくことだろう。両サイドの浅瀬では、すでに底が露出しているところもある。

 SASAYANが何気なく私の竿にふれたことによって、1番竿が僅かに揺れた。それは余韻を残しながら静かに止まり、また同じように揺れ始める。違和感を感じ、SASAYANの方を見るが、彼はもう竿には触れていない。なぜまた揺れ始めた?これは・・・魚か!竿の揺れは収まらず、そのままセンサーのランプが点滅した。

 ドラグを少し締めてから竿尻をピトンから外す。重いがゴミではない、確かに魚の手ごたえだ。特に大きく抵抗するわけでもないが、魚はその重さにまかせて底付近を離れない。じっくりと竿を絞りながら距離を詰め、少しずつリールにラインを収めてゆく。一度巻き取ってしまえば、そこから引き出されることはなく、ゆっくりではあるものの着実にタモの方へと誘導されている。

 「口切れだけは気をつけて…」SASAYANからその言葉が出たとき、魚がふいに大きく頭を振った。驚くと同時に竿に掛けていたテンションを落とす。すごい首振りだ。掛りが甘かったら外されていただろう。だが、この振り幅は小さくない。ようやく浮いてきた仕掛けの先には、抵抗する重量感のある姿。無事に捕らえることができた石狩川での初鯉は85センチ。思わず拳を握った。

石狩川本流での初鯉 85センチ 大きな口に三白眼、精悍な姿

 強烈な首振りの不意打ちにフックオフを恐れていたが、その心配は全くといっていいほどなかったようだ。大きな口の中に針は見当たらずいくら懐中電灯で喉奥を照らしてもハリスの先が見えてこない。ブッコミの釣りで鯉に針を飲まれたのは初めてのこと。よく見ると、針が鰓蓋から出てきている。食べた際に、口元で針の違和感を捉えることができなかったのだろうか。喉を越した時点でおかしいと気づき、貝や甲殻類の殻を処理する時のように、鰓穴から排出しようとしたのだろう。それにしても咆哮を放つかのように開く大きな口に三白眼。厳つい精悍な姿だ。こんなのに会いたかった。

 流木を使った焚き火を前にして、この釣果にため息をつく。目的を果たし心は満たされたが、釣れるという確信もできた。SASAYANは俄然やる気を出してエサ換えへ。私も針先を磨ぎ、新しいエサを仕掛けに取り付ける。時刻は21時。この頃になって初めて魚の跳ねる音が聞こえるようになった。2尾目のチャンスはまだまだありそうだ。


 この火がなければ、二人とも早めに床についていたことだろう。肌寒い空気に夜の釣り場の不気味さが栄える。こういった雰囲気も好きだが、どこからともなく聞こえる異音に、SASAYANは大げさなほどビビって落ち着かない。それに追い討ちをかけるように、彼のセンサーはスイッチを入れていないのに、何度も勝手に鳴り出している。ただの接触不良だが、持ち主は私の後ろに隠れてしがみ付きながら、不調のセンサーを回収した。

 岸辺は流木をはじめ様々なものが打ち上げられており、それらが時折異音を放っている。カエルも虫も鳴かず、対岸からの小鳥の声がなければ無音に近い状態であり、況してここは音が反響するので、遠くの物音や人の声らしきものが不思議な方向から聞こえてくる。それがわかっていても、真っ暗闇の中では確かに気味が悪い。私も、正体の見えない何かの気配に、幾度かゾっとした。恐らくキツネか何かだろうが・・・。

   エサのバリエーションはいくらでもある  

 深夜になって、月が川面を照らし出した。焚き火に当たりながらのボーイズトークも途絶え、そろそろ眠気も出てくる頃。泊り込みの釣りでは早めに就寝することの多いSASAYANは、エアマットを敷いた車へ潜り込み、私も甘酒を飲みながらリラックスして眠むる体勢に入る。二人とも床に就く前にエサ換えをし、私はこれまでどおりに2本とも投入。SASAYANは大粒多量配合のダンゴを使い、それで朝までエサを持たせる考えのようだ。

 目を覚ますと、SASAYANの荷物がカラスに荒らされていた。ざまみろ

 早朝に一度目を覚ますが、朝のエサ換えをしても眠気が取れず、車に戻って二度寝をする。日が昇ってからは涼しい北西の風が吹くようになったが、車の中はどんどん温度が上がってゆく。寝苦しさに悶え寝返りを打っていると、SASAYANの声が聞こえた。

 「安田くーん!掛かった!!」

 飛び起きてドアを開けると、SASAYANがファイト中だ。すぐさまカメラのストラップを掴み、靴を履いて土手を降りる。
 SASAYANの竿は絞り込まれ、良型の期待が持てる。彼が使っているのはコンパクトロッド。竿自体のパワーの限界も近いが、リールシートからグリップエンドまでが極端に短い竿のため、竿尻を腹部に当てたファイトスタイルをとり難い。このクラスの魚を相手にすると、寄せるにも苦労を要するが、SASAYANはスクワット運動を取り入れたリフトアップで魚との距離を詰めてゆく。


 魚の抵抗は凄まじく、浮いたと思ったらあっという間に尾びれを向けて潜って行く。その繰り返しでタモをかわされ続け、ようやく網の中に納まったのは浮き始めてから約5分後のことだった。サイズは80に僅かに届かないが、この鯉もまた立派だ。尾びれは小さいものの、全体的に太く逞しい。ここでの初鯉であり、しかも良型とあって、SASAYANは嬉しさのあまりに謎のダンスを舞いはじめた。

SASAYANもゲット!80に僅かに届かないが 逞しい立派な鯉!
 喜びの舞 喜びの舞 

 まだ来る、これで終わりではないはずだ。何の根拠もないが、なんとなくそんな気がして、新しいダンゴを作る。
 早朝のエサ換えから4時間近く置いていた仕掛けを回収すると、ウグイに触られた痕跡が残っていた。昨日はここまで魚の気配が濃くなかったが、今はあちこちで跳ねとモジリが出ている。私も昨日のビッグワンに酔い痴れてはいられない。次の魚のことを考えなければ・・・。


 新しいダンゴを乗せた仕掛けをスナップに装着していると、SASAYANの竿に強烈なアタリが出た。やっぱり、まだチャンスは続くと思っていた。PEライン特有のガイドに擦れる音。今度は私がSASAYANを呼ぶ。

 「来たぞSASAYAN!」

 これもなかなかのファイターだったが、思ったよりもサイズは小ぶりで60台。ここまでアタリが遠かった中、短いペースで2本目が来たということは、今のこの状況とSASAYANの釣り方がマッチしているのかもしれない。

  SASAYAN早くも2匹目  

 風による体感温度の低さと日差しの強さが釣り合わない。だまっていれば肌寒いが、日差しはジリジリと肌を焼く。二人の椅子の上にパラソルを開き、午後になろうとする一番まったりとできるこの時間を座って過ごす。

 次の満潮は午後4時だが、それまで釣り続けていられるだろうか。SASAYANは日曜日の午後にバイトを入れているため、もう撤収作業に入らなくてはならない。途中でパートナーがいなくなると、途端に自分も帰りたくなるという謎の性分を持つ私だが、今日は少しだけ一人で粘ってみようか・・・。

 正午を告げるサイレン。早々と片づけを済ませ、SASAYANは釣り場を去った。急に暇になった私は、裏の田園へ散歩へゆく。普段の生活から一転して、壁のない風景が開放的だ。こんなに素敵な風景も、ずっとここに住んでいればいずれは飽きてしまうのだろうか。

 田んぼの淵に、見覚えのある袋を見つける。これは・・・「くわせコーン」。昨夜カラスに盗られた私のものだろう。未開封であったが、真ん中に穴を開けられ、見事に中身を取り出されていた。


 散歩から戻り、パラソルの下に入る。やはり動くと暑い。エサ換えは・・・まだいいか。ウグイの攻撃もないようで、ダンゴも食わせも十分に残っているだろう。

 何かすることはないか・・・。サイドの浅瀬に捨て竿でも入れてみる?満潮へ向けて少しずつ水位が上がっているが、浅いものは浅い。こんなところに魚が入ってくるのか。浅瀬から深みにかけてのカケアガリを攻めてみる・・・?いや、それは本命竿で打っているポイントとほとんど変わりない。色々考えていると突如センサーが反応した。

 岸から7メートルの近場に投入している1番竿にヒット。SASAYANの1匹目に負けず劣らず、水面に姿を現すまで、そして浮いてからも、抵抗を続けて楽しませてくれる。フッキングは上顎ど真ん中。70センチ枠のタモから数センチ尾がはみ出るサイズで、この鯉もこれまでと同じように重厚感のある体つきだ。

  私の2匹目も良いファイトをしてくれた 70台  

 エサ換えをやめておいて正解だった。あのとき仕掛けを上げていたら、この鯉に食わせることはできなかっただろう。こればかりはタイミング。こんなところでも勘が役に立ってくれた。

 13時。作り置きしているダンゴの残りはあと4個で、この鯉を釣った1番竿と共に、2番竿も打ち返して2個を消費。このままアタリがなければ、この打ち返しを最後とする。残っているあと2個のダンゴは、次が釣れた時の打ち返し用だ。

 椅子に腰掛けて、その前にあるタックルボックスに足を放り出して息を抜く。釣果としても釣行の内容としても今回はもう十分。前編からの2回に渡る石狩川釣行の目的を果たし、また新たな道へ進むことができたといえよう。

 次のアタリがないまま満潮を迎えた。潮止まりからそれ以降にかけてが気になるところだが、今回はこのへんにしておこうか。

 雨もなく、穏やかな夜を焚き火の前で過ごし、アタリを待っている間の時間も充実していた。毎度のようにこんな釣りができたら・・・・いや、それではいずれ飽きてしまいそうだ。この田園風景と同じで、日常があっての非日常。素敵なものを見る目を肥やしたくない気がする。そもそも、そんなにうまくいくはずがないじゃないか。ちょっと考えてみただけだ。

 竿を出してから約24時間が経過して、この釣行に終止符を打つ。次の釣行に備え、この一日で各備品についた汚れを綺麗に拭きとってから、それぞれあるべき場所へ収納した。