釣り日記2011 2011年竿初め 
釣行日 4月18日 場所 創成川
時間 17時〜18時半 天気 くもり


 日々見上げ続けた寒夜の天井が、少しずつ模様を変えてゆく。過去の釣行を思い起こしながら眺めたオリオン座は、いま西の空に低く、目立たず、春の軌道に入っていることを示している。

 11月からの長い冬籠りを終え、動物的な本能に従って今年度の釣りの準備を始めた。オフシーズンというのは決して無駄なものではない。実践ではなく、イマジネーションを使って釣りをできる時間であり、そこから生まれるのは、単に新しい作戦や技術的な練磨だけでなく、大きなモチベーションを呼び起こしてくれる。それはもちろん釣るための材料になるが、楽しむための重要な材料にもなり、心から釣りがしたいと思い続けることによって、次のシーズンを充実した気持ちで迎えられるのだ。

 今年で私が鯉釣りを始めてから10年が経過する。あの日、あの川で、私はこの釣りに特別な思い入れを持つことになり、それから今まで一度も方針を変えずにここまで来ている。

 「なぜ鯉なの?」と、この10年で何度聞かれたことだろうか。魚種が豊富な北海道の地で、鯉釣りというマイナーなジャンルの釣りにここまで精通する人などそうそういない。鯉釣りは、ワカサギ釣りのように誰でも簡単にたくさん釣れるわけではないし、トラウトのフライやルアーにあるようなスポーティーでスタイリッシュな面もない。釣って食べる魚でもないし、私が特別鯉が好きだったかというとそうでもない。もっと面白い釣りも楽しい釣りも、いくらでもあるじゃないかとよく言われる。もちろん私もそれはわかっている。釣りも魚はなんだって好きだ。面白くない釣りなどないと思う。しかし私の鯉釣りは「面白い」、「面白くない」などというもの以前の感情から動いているのだ。一言にするならそれが「思い入れ」で、面白さや魅力を感じるようになったのは、鯉釣りを始めてからのこと。鯉釣りの面白さは、特別な思い入れを持って、この世界に深入りしてみないとわからないところにあるのだと思う。故に誰にでも理解できることではないということだ。マイナーなのもわかる。アユやヘラ、石鯛などにしたって、たった一種類の魚を本気で追ってみれば、何十年という時間を費やされてしまう。その奥深さが、存在する魚それぞれにあるのなら、それを考えると途方もない。「釣りはフナに始まり、フナに終わる」どこにでもいる簡単に釣れてしまう魚でも、突き詰めれば深いもの。もっとも奥深さの定義は人それぞれだが、少なくとも私の主観では、釣りにゲームオーバーも全面クリアも存在しない。それを実感した10年間だった。

 4月18日。なんでもない普通の平日の夕方に、ルアーロッドを持って創成川の土手を降りた。
 出遅れてしまった今シーズンの初釣り。もちろん休日を使ってじっくりと釣りをしたいところだったのだが、意地の悪い空模様がそれをさせてくれなかった。今からやれば日が暮れるまで約2時間。決して十分とは言えないこの短時間で、どこまで楽しめるだろうか。バスロッドのグリップに引っ掛けていた仕掛けを外す。

 麻生下水道科学館前。10年前、初めて竿を出した場所であり、初めて鯉を釣り上げた場所、そして悔し涙を味わった場所でもある。私の鯉釣りのすべてがここから始まっている。この欄干をまたいだのは何年ぶりになるだろうか。科学館前の吐き出し口、そこから広がる歪なブロックエリア。対岸近くにある掘り下がり。ほとんどあの時から変わっていない。もう少し思い出に浸っていたいのだが、もたもたしていたら日が暮れてしまう。これだから時間の限られた短時間釣行は性に合わない。

 まず一投目。吐出し口の中に仕掛けを入れた。タックルは海のロックフィッシングで使用しているもので、ミディアムクラスのバスロッドにベイトリール。ラインはPE1号でフロロカーボン20lbをショックリーダーにしている。仕掛けはいろいろと用意しているが、まずは遊動無しの中通し14グラムのオモリとフカセ針15号をセット。エサにはあの時と同じ銘柄のミミズとサシを持ってきている。

 ミミズを房掛けにした仕掛けを吐出しの中に打ち込むが、ここは着水音が反響して鯉を驚かせてしまうことが多い。一投で広い範囲を探れるようにロングキャストして、アピールさせたいときはブラクリのようにコツコツと小突く。

 鯉の姿はあるものの、今はそれほど多くない。この一投でしばらく待ってみたが、興味を示してくれる鯉がいないことで回収した。今鯉がいるのは・・・少々やりにくい位置にちらほら。ブロックの中に2匹ほどいるのがわかるが、その近くに打つのはどうだろう。やれないことはないが、少々めんどうだ。ちょっと仕掛けを動かしただけで根掛かりするブロック。その歪な形だけでなく、砂袋やらわけのわからないものがたくさん落ちていて、ここで何度仕掛けを無くしたことやら。ここはノントラブルでいきたいので、今回はパスすることにした。風もあって水面下がよく見えない。ブロックのない、もう少し下のエリアに行こう。

 鯉釣りを始めた場所。麻生下水道科学館前  多くの想い出がある場所

 吐き出しから下ではしばらく浅いエリアが続く。警戒されやすいが、多少風があっても、このあたりなら鯉の姿もよく見える。

 早速、4匹ほどの鯉が溜まっているポイントを発見。川の真ん中あたりに立っている枯れた草の際でエサを探しているようだ。あいつらなら狙いやすい。一旦対岸近くまで仕掛けをキャストしてそこから引いてこよう。鯉に気づかれないようにゆっくりと仕掛けを引いてポイントに近づけてゆく。

 一尾の鯉がエサの存在に気付いた。さぁ、どうするか・・・。房掛けのミミズに興味を示しているようだが、すぐには食わない。仕掛けの横を通り過ぎ、他の3匹を引き連れてポイントを離れていってしまった。でもそこまで警戒しているようにも見えない。これはまた戻ってくるだろう。仕掛けを回収して、エサの具合をチェックしてから、最初に鯉がエサを探していた枯草の際にキャスト。そのまま動かさずに鯉が戻ってくるのを待つ。

エサの銘柄もあの時と同じ ミミズの「デビットくん」 何度通ったことだろう

 思ったよりも戻りが遅く、10分ほど経過してしまったが、やはり帰ってきた。さきほどエサの興味を示したものかはわからないが、一匹の鯉が仕掛けに接近してゆく。この緊張感がたまらない。思えば、ここは私が初めて鯉をヒットさせた橋のすぐ横であった。あの時の光景も全てはっきり思い出せる。70センチほどの鯉が一尾だけ、橋の下でエサを食んでいた。そして、今と同じミミズの房掛けに接近してゆく。釣りをしていて、初めて味わった大きな緊張感。あの緊張感。

 食った!すかさずアワセをくれてやる。首を振りながら大きく暴れまわる今年の初鯉。まだ水温が冷たいためか、ラインにテンションをかけるとすぐに止まって寄ってきてしまったが、ゆっくりとタモへ誘導して丁寧にランディングをする。アベレージよりやや小さめのコロコロとした体形の鯉。上あごにしっかりとフッキングしていた。


 曇り空が日暮れの薄暗さを助長させている。
 初鯉をゲットできたので、ここで止めてしまってもいいのだが、完全に暗くなるまではもう少しだけ時間があるようだ。とはいっても、これから先へ進んで新しいポイントを探すほどの余裕はない。この先は次回の釣りに回すことにして、今日はこの辺りで別の鯉を探そう。

 箱の中から太いミミズを選んで取り出し、針にしっかり房掛ける。そろそろウグイも動きだして、まともにミミズを使えるのは今回くらいだろう。次回もミミズは用意するが、10センチほどのウグイの大群が押し寄せてくることを想定して、安心して投げ入れられるエサを数種類準備しておく必要がある。普通にパンを使えば無難なのではあるが、パンだけで釣りたくないという、自分でもよくわからない拘りもある。さて何を持ってこようか・・・。


 初鯉をヒットさせたポイントから、魚影を探しながらまた上流の下水道科学館方面へ引き返す。このあたりの岸部は土手下へ降りられる形状になっている部分が数十メートル続き、鯉に接近することができる。足元は浅いものの、その奥が流心となり少し深くえぐれている。もう暗いので、その深い部分にいる鯉を相手にするは難しい。だが魚の気配は十二分に感じ取れた。

 しばらく歩いたところで、水深40センチほどの岸際にうごめく魚影を見つけた。大正三色の錦鯉が一匹、そのまわりにも黒い鯉がいる。すぐに動きを止め、リールのクラッチを切ってラインを出す。ここからなら、魚から私の姿は見えまい。しかしどうやって仕掛けを入れようか、岸際で小さなワンドのようになった形状の枯草に囲まれた狭いポイントに、なんともやりにくい形で鯉が溜まっている。さっきのように奥に投げて引き寄せる方法では、ラインの動きで魚に気付かれてしまう。どうしても魚の目の前やすぐ横に仕掛けを入れなくてはいけない状態だが、これは慎重を要する。足音を殺してギリギリまで鯉に近づき、続いて仕掛けをゆっくりと鯉のいるポイントへ下してやる。熱い湯の中に入るように、仕掛けの先端から順に水の中へ送る。なんとか鯉を脅かせずに遂行できた。仕掛けは錦鯉のすぐ横。しかし警戒することなく、錦鯉は鰭を仰いで方向転換してミミズを眼中に収めたようだ。だがそのとき、ラインが錦鯉の背びれに引っ掛かり、一瞬にしてチャンスは水の泡と化した。やっぱりポイントが狭すぎたか・・。

 開始から丁度2時間。もういいかげん暗くなって、鯉の姿を目視することができない。とりあえずはここまで。今度は時間に余裕のある時に、懐かしいポイントであの時をじっくりと思い起こしながら続きをしたい。しばらくはそんな思い出にふける釣りをしたいと思う。これからも思い出と、それを記憶するための釣行記を大切にしていこう。そんなこと意識せずとも、自分の性分であるから、嫌でもそうなるのだろうが…。