鯉釣り日記2010 蒼翠

釣行日時 6月19日午後11時〜
6月20日午後8時
釣行場所・ポイント名 当別川
 
 真夏の釣りが厳しくなるのは、水温上昇によるDo値低下での活性不良が主な原因と思われる。浅い場所で、いくら植物の光合成が盛んであっても、水中の溶存酸素の容量が減っていれば同じであるし、また深度や日陰があって多少の高温を避けられる場所でも、水が回らなければ酸素は供給されず、むしろバクテリアによる有機物分解時の酸素消費が集中的に起こってしまう。こう単純に考えただけでも、これからの季節に効率の良い釣りをするのには、私の釣り場レパートリーのほとんどを占める浅い三日月湖は基本的に不利となってしまうのだ。これから始まる真夏場での釣りで、頼りになるのは単純に「流れ」。安定した流れさえあれば、それだけで心強い。3年前までは、炎天下でも有利に釣りをできるお気に入りの場所があったのだが、その場所への入釣が少々面倒になったことで、夏は専らソウギョ釣りに逃げることになっていた。しかし今回、札幌近郊で本気で夏場を釣れる場所を探すべく、これまで入釣したことのないエリアでのリサーチを始めることにした。

 なかなか日程の定まらない週末であったが、日曜日丸一日は釣りに使う時間をもらえた。土曜日は友人関係の用事でゴタゴタしているものの、夕方からなら自由に出回れる。今回も前回と同じように、土曜夜からの入釣とする。ただ、全く知らないエリアでの場所探しとなるので、ただでさえ方向音痴な私は、できるだけ日のあるうちに釣り座を決めておきたい。色々と忙しくなってしまうが、出発は早めに15時とした。

 金曜日の夜に電話をくれたTadashiくんも、考えていることは一緒のようだ。この週末は滝川に住んでいる弟のNoboruくんと一緒に釣行でき、その入釣候補として上げているのは、やはり流れのある大きな河川の合流点。土曜夜までに場所見をして、良さそうな場所があれば連絡を取り合い、そこで合流して一緒に釣ろうということで電話を切った。まずは入れる場所を探すこと。YAHOO地図の航空写真などで予め、今回入ろうとする川について予習をしておいた。目を付けているのは当別川。豊平川や千歳川などと同じく、石狩川下流域に合流する河川である。

 15時過ぎ。田園と放牧風景に囲まれながら、川沿いの道を走り、なんとか車で潜り込めそうな場所を探す。しかし上流域は、好ましい流れがあるものの、ゴロ石と浅瀬が多く、とても鯉釣りには不向きなフィールドが続く。石狩川合流にほど近いエリアにて、夜までに開拓可能そうなフィールドの模索を続けるも、こちらも木々が茂っていたり、地面から水面までの高低差が大きかったりと、なかなか思わしい場所には出会わせてくれない。入れそうな岸があっても、牧草ロールの点在する広い河川敷を突破する手段が見つからず、リサーチは同じ場所を行ったり来たりするだけで滞っていた。特に当別川に拘る必要もないので、地元民SASAYANの協力も得ながら石狩川本流、石狩川ワンドなどを見て回るが、あまり期待できそうになく、このまま日が暮れるようならば、今回の釣り場は選びはTadashiくんに任せることにする。

 すでに日の低い18時頃。やっとのことで好ましいフィールドを発見することができた。当別川と小さな水路の合流であり、川辺に足を踏み入れたその瞬間から、ここならいけるという期待感がまさに目に見えた。ここはまだ日の高い頃に、一度通り過ぎてしまっていた場所であり、灯台下暗し。多少草を漕がなくてはいけないが、そこまで入釣に苦労する場所ではなく、むしろ入りやすい場所である。早速Tadashiくんに連絡を入れて、その場の状況を伝えた。今夜の釣り場はここに決める。

 TadashiくんとNoboruくんは、車を運転するお父さんの都合で到着が少し遅れるとのこと。それまで私はSASAYANと遊んだり、別の場所を探しに行ったりしながら気ままに待つ。川見の段階で十分に見込みがあることはわかっているので、Tadashiくん兄弟が到着するまでは手を出さず、一緒にスタートを切りたい。石狩川の土手でひとり夕食を取る。


 22時。Tadashiくんから、近くまで来たとの連絡が入った。私も石狩川沿いを放浪していたので、わかりやすい札幌大橋で合流して、そこから共にポイントへ向かい、当別川へ入ることにした。再び車を止めたポイントは、当然のことながら真っ暗で、帽子にヘッドライトを取り付けて早速準備を開始する。まずは岸辺に生えている葦や、カモガヤなどを倒して釣り場を作り、次に電気ウキやフロートで底を探ってみる。その数投目で、Tadashiくんの電気ウキが飛んで流されてしまうというトラブルもありながら、大体の川底の感じを掴むことができた。続いて竿出し。魚影が濃いことだけはわかっているが、初めての場所であり、更に真っ暗なので、どのように攻めてゆけばいいのか今一息わからない。Tadashiくんは私よりも一足先に一投目を打ち込んだのだが、はやくも40センチ級のウグイがヒットしてしまっていた。川の見た感じからしても、いかにもウグイが好みそうな場所であり、これらをかわすことを考えるより、多少の覚悟をしておいたほうが良さそうだ。まずは様子見で、小さめのダンゴを打つ。

オモリ部:中通し遊動式
オモリ:ひし形30号
サキ糸:PE8号2本縒り

仕掛け(袋仕掛け)
ハリス:鯉ハリス6号
:チヌ9号

ダンゴエサ
糠+麦茶+ハトのエサ

食わせエサ

乾燥コーン+乾燥イモヨウカン

 少ない打ち返しで長時間待てるように、大粒の配合は多目に。針はいつもよりも1サイズ大きく、ドリルで穴を空けて使う乾燥コーンや乾燥イモヨウカンなど硬めのエサを多めにつけた。竿を並べる順は一番下流に私、その隣、当別川と水路の合流にTadashiくん、水路の中にNoboruくんが入り、それぞれ2本ずつ竿を出す。私の一番竿は少し遠目に投げ、当別川の流心に。2番竿は当別川と水路の水が入り混じる点に打っておいた。Noboruくんは何やらセンサー受信機を忘れてきてしまったようで、この時点で意気消沈。確かにセンサーなしでこの真っ暗闇は厳しい。私も本攻めに入るのは明るくなってからと思っているので、この夜は気ままに遊んで過ごすとしよう。

 私達のセット中、Tadashiくんのお父さんがスクリーンテントを立て、火を起こして肉を焼いていた。全ての準備が完了した後、私もその中に誘っていただいて、久々に口にする釣り場での炭火焼肉を楽しむ。人通りもなく、静かな釣り場。真っ暗であるが、嫌な感じもなく、とても過ごしやすい場所だ。あとは鯉さえ釣れてくれれば・・。

 美味しい焼肉をご馳走になり、談笑に区切りが付いたところでテントを立てて寝床を確保する。小型のツーリングテントを寄せ合い、出入り口前にはテーブル代わりのボックスとアウトドアチェアー。残念ながらこの夜も星は見えないが、就寝前のひと時をやわらかなランタンの光の前で過ごして、ゆっくりと眠気を誘う。最後に仕掛けの打ち返しをしておこう。ヘッドライトを点けて竿の様子を見に行くと、1番竿のラインが張っていた。ウグイが掛かってしまったみたいだ。川の中心に近いほどウグイの数も増しているようなので、1番竿も2番竿と同じように、川と水路の水の混じる点に投げておくことにする。ここはどこに投げても水深が浅いのだが、流れは安定しており、ゴミの量も多くはないので、かなりやりやすい。

 寝袋に入ったのは午前2時半頃。それぞれ自分のテントへ潜り込むが、誰かのセンサーが鳴ればお互いすぐにわかる距離にある。受信機を忘れてしまったNoboruくんは可哀想だが、夜が明けるまでそう長くはない。そろそろ東の空が、仄かに青白くなっているはずだ。起きるまでにアタリがなくても、明るくなってからまだまだ出来ることはある。ここでの正解を早いうちに見つけることができればいいのだが・・。


 午前3時過ぎ。寝付けず、シュラフの中で過去の釣りを思い返していると、センサーメロディが「今現在」に呼び起こしてくれた。出入り口のファスナーを開けると、激しいクリックも確かに聞こえてくる。初めてのフィールドで初めての鯉。どんな奴が相手をしてくれるのか。重量感はないものの、スプールの回し方はなかなかだ。ヒットは2番竿であり、魚はそのすぐ隣のTadashiくんのラインを巻き込みながら下流へと走ってゆく。Tadashiくんも私のセンサーに目を覚まして駆けつけ、手助けをしてくれているが、鯉は抵抗を続け、一度こちらに寄ってきたのも束の間、今度は私の1番竿を潜って走ろうとしていた。なんてやんちゃな鯉だろう、Tadashiくんの助けがなかったら大変なところだったが、なんとか事は収まり、1匹目を上げることができた。細身の体形で重量がなく、見た目60台と思ったのだが、サイズは75センチ。とりあえず一安心だ。


当別川での初鯉75センチ。細身のスプリンター

 結果が出てくれたことで、仕掛けとエサは一投目と同じ配合で続けることにする。糠に大き目の粒子、そして麦茶のティーパックの中身。この組み合わせは夏の釣りの定番で、6年前から変わっていない。両竿とも新しいエサに打ち返し、作り置きのダンゴも濡れタオルに包んでバケツに用意しておいた。この辺りもキツネがかなり生息しているので、蓋付きのバケツやタッパーは必需品。それでも蓋をこじ開けてエサを盗っていくキツネもいると聞くので、重石を置いておき、他の荷物にも注意が欠かせない。

 再度テントに戻ろうとした時には、もうほとんど夜があけていた。呼び交うカッコウ、囀るシジュウカラ、水面に滑り降りるカワセミ。ロケーション的にも文句のない、まさに夏の釣り場と行った感じだ。少し近くを散歩してみると、ヤナギから零れ落ちる水滴の音が涼しい。しかし今日もこれから蒸し暑くなりそうだ・・。天気予報では午後から雨となっているところが多い。夏の雨の中でのアタリ待ちというのも悪くはないが、テントを片付けるタイミングを間違えれば大変だ。


 午前6時。バイトアラームの荒々しい叫びが空気を変える。今度の魚は上流へ向かい、就寝中だったTadashiくんがテントから出てくるまでに、狭い水路を逆走しながらラインを引き出していった。ラインを回収し、寄せに入っても抵抗は続き、今度は当別川を遡りはじめる。タモを拒み、尾で水面を叩きながら走ろうとする姿は精悍だ。Tadashiくんにとってのここでの初鯉も、私と同じく75センチのファイターであった。

 この鯉のリリース後、私も前投入から3時間が経過している仕掛けを回収し、エサ換えを行う。1尾目からアタリが続かないものかと待ち望んでいたのだが、1番竿は仕掛けが絡み、2番竿には30センチ級のウグイがガッツリとフッキングしていた。確かにこれでは釣れない・・。明るくなってから川面を見ると、無数に広がる波紋でウグイの多さが窺えた。この状況でダンゴを使えば、間違いなく集中攻撃の的になってしまうが、鯉のアタリが出たのもダンゴであるため、ここでウグイに負けて作戦を変えるというのも割り切れなさが残る。焼け石に水となるのは知っての事だが、ハリス部分を少し長めにとっておき、ダンゴもこれまでよりも小さめにしよう。少しでもダンゴから食わせを離して、ウグイの攻撃を避けるためである。

 午前7時、私の受信機が1番竿から2度目のアタリをキャッチした。だがそれは空アタリとなり、ラインが引き出されることなく終わった。そしてその24分後、2番竿にヒット。少しサイズダウンしているものの、ここの鯉はやる気のある奴が多いみたいだ。1尾目と変わらずファイトを楽しませてくれた。サイズは63センチ。

 Tadashiくんの一尾目。良いファイトを見せてもらった  私の2匹目

 よし、いいペースだ。夜間に戦意喪失していたNoboruくんも起床し、ここからは3人でサイズアップを狙おう。腹ごしらえを済ませた私とTadashiくんは、次のアタリが来るまで近くを散策に出る。それぞれナマズ狙いのルアータックルを片手に、良いポイントはないかと、ヤナギのトンネルに囲まれた古い轍を辿った。しかしこの轍は進めば進むほど川岸から遠ざかっており、川へ出るには葦のジャングルを漕いでいかなければならない。執拗に付き纏う蚊の猛攻に耐えながら、Tadashiくんが先行して葦の中を進んでゆく。だが川岸には更に木が立ちはだかっており、思うように川に出ることは出来ない。これは少々厳しい、ポイント探しは諦めて、本来の釣り場に戻るのが正解か。藪や、毒虫に屈することなく進んでゆくTadashiくんを追ってみたはいいものの、この先に竿を振れる場所があるという可能性も低い。私は一足先に葦原から退避し、轍へ引き返した。と、その時。釣り場で留守番するNoboruくんの叫び声が聞こえたような気がした。ただの気のせいか、鳥の鳴き声を聞き間違えたのか・・。しかしなんとなく胸騒ぎも感じる。後ろを振り返ると、Tadashiくんの携帯に一本の電話。思ったとおりNoboruくんからだった。「安田くん、アタってるみたいです」 藪漕ぎの邪魔になりそうだったので、センサー受信機をテントに置いてきている上に、そもそもこんな林と葦原の中で電波が届くはずもない。そんな時に来るアタリ。釣り場へ戻ると、1番竿の穂先が下流へ向いていた。幸いそれほど遠くまで走られてはいない。というか、魚も大きくはないみたいだ。目測63センチ。2匹目とほとんど同じ大きさで、元気の良い若い鯉だった。


3匹目。これもサイズアップはならず


 夜間の涼しさはどこへやら、また暑さが戻ってきた。堪らず薄着に着替えるが、こんな場所ゆえに蚊やダニも多く、ハネカクシのような虫が素肌に飛びつこうものなら一溜まりもない。ここは我慢して長ズボンを履くしかないが、半袖の腕にはすでに無数の発赤がある。もともと蚊に刺されやすい体質のために、虫除けスプレーなど使ってもイタチごっこになるだけだが、今度来る時は防虫対策にも力を入れてこよう。

 午前9時をまわろうとする頃、Tadashiくんのスプールからラインが滑り出した。サイズは50台だが、「いい鯉だね」とその闘志を称えたくなる暴れっぷり。この鯉をランディングして、アンフッキングマットに乗せている最中、私の2番竿にもアタリが来た。これも同じくらいの小型であるが、2人同時にダブルヒットとは面白い展開だ。ゴールデンウィークでは、Noboruくんとのダブルヒットで、2人並んで写真を撮ったが、今度はTadashiくんと鯉を掲げ合い、弥次喜多の記念撮影をすることができた。次はもっと大型の鯉で、こんな写真を撮りたいものだ。



ダブルヒット

 この後、私とTadashiくんは再び散策に出る。今度は車を使って、もう少し離れた所で遊び釣りに行くことにした。そこは前日のポイント探しの際に、釣りが出来ることを確認している場所で、鯉の魚影も頗る良かった。私はスピナーベイトでのナマズ狙い。Tadashiくんはウキ仕掛けを使った鯉狙い。昨日見たあの状況ならば、短時間でもかなり楽しめるのではないだろうか。そう期待して木の葉を潜り、水面を見て唖然。その場所は濁りの入った止水。魚が居なくはないものの、昨日よりも水位が下がり、思っていた状況とは雲泥の差であった。とりあえず投げ込んでみた私の一投目では、小さなナマズが飛びついたもののヒットに至らず、Tadashiくんは昨夜の電気ウキに続いて、仕掛けを切ってしまい終了。そんなところに、諸事情で一緒に来れず、長い道のりを徒歩で頑張ったNoboruくんがやっと私達に追いついたのだが、完全に諦めた私達から、「よし釣り場に戻るぞ」と残酷な言葉をかけられて車に乗せられるのであった。

 ダブルヒットを見込めるコンディションであったために、無人となった釣り場では、誰かの竿にアタリが来ているものと思っていたのだが、散策から戻ってみても、何ら変化した様子はなかった。爆釣モードとなることさえ望めていた午前中であるが、ここからの釣況のうつろいは急に鈍くなったように思える。暑いとはいえ、安定した流れのある当別川と、そこに変化を齎す水路からの水流で、いつものフィールドに比べればまだまだ期待できるのではあるが、ここからアタリは遠のく一方となってしまった。強いて言えばNoboruくんにウグイが掛かったくらいであり、私もエサ換えのペースを落として、状況が戻るのを待つことにする。

 孤独なオオハクチョウが通り過ぎていった・・・・  テント内。扇風機を買ってこればよかった・・

 淡々とした午後の空気。いつセンサーが鳴るかという切迫感が消えてしまったために、テントで寝そべるのにも無駄に落ち着けてしまう。この様子なら、次のチャンスは夕方になるだろうか。エサ換えのペースは落として・・と思ったものの、こんな時でもウグイは溌剌として仕掛けに悪戯してくる。しかも、丁度ポイントに群れが入ってしまったようで、仕掛けを打ち込んでいる周りの波紋が、夥しいほどに多くなってしまっていた。食わせエサは強いものを選んできているので、取られてしまうという心配はないものの、ウグイが掛かる掛からないとは別の問題。気が付けばラインが張り、大型で婚姻色の入ったウグイやエゾウグイがヒットしていた。こうなれば仕方がない。ダンゴという手法は変えず、食わせをもっと大きなものに変えることにしよう。袋仕掛けの針をチヌ8号のヘアリグに交換。ヘアの先には20oチョコバニラのチンパンジー(ジュンちゃん考案のパン原料のエサ)を付けた。これならエサ持ちはもちろん、ウグイのヒット率も下げることができるだろう。ダンゴを寄せに、食わせだけを形状のまったく違うエサにするというのも心細いので、袋仕掛けにはダンゴと一緒に数粒の同じチンバンジーを挟んで投入しておいた。

 まだアタリがない事を踏んで、カメラだけの装備で、また一人散歩に釣り場を離れる。今度は、朝にTadashiくんとポイント探しに出た轍を更に奥まで辿ってみよう。この辺りまで来ると、道であった形跡があるのみで、木々が行く先を塞いでいるところも多い、釣れそうな気配を感じないがゆえに、そのようなところを潜って、奥へ奥へと進み続けられる。この先に釣りができる場所がないとわかっているので、もちろん竿も持っていないし、目的などない。ただ、私のような人間がこのような場所に来てしまうと、何でもないような物に釘付けになって、何分も足を止めてしまったり、普通見つけられないようなものを見つけてしまったりと、目的なく無計画なほど出会いが多い。そしてそれにかけてしまう時間も長くなる。何も考えていない無思想や無意味な行動と時間は、同じように無意味に無限大。それが私の散歩好きの所以。

 足元の草から、真っ青で小さなトンボがふわりと飛び立っては、また近くの葉に止まる。秋は真っ赤なアカネ。そして夏は、やはり爽やか、かつ鮮やかな青いトンボが季節感によく合っている。敏速な飛び方はしないものの、写真を撮ろうとすると、ピントを合わせる前に飛び立ってしまった。さて、彼らはルリイトトンボか、オゼイトトンボか、はたまたエゾイトトンボ、セスジイトトンボとも取れるが、それを同定しようなど素人目には難題である。何せ「イトトンボの仲間」であり、「腹部が青と黒の縞々」というキーワードだけで、一致する種は無数にいるのだ。木のトンネルの中を歩き続けると、イトトンボ以外にも色々な昆虫が飛び出してくる。一見ハエのように見える、小さく黒く素早い動体・・。恐らくセセリチョウの仲間、コキマダラセセリであろう。それと同じくらいの大きさで、対照的に軟らかな飛び方する蝶は、シジミチョウの一種と窺える。まだ雨は降っていないが、ヤナギの木からは絶え間なく水滴が落ちてくる。それ受けて瑞々しく潤っているフキの葉には、オカモノアラガイやマイマイなどの所謂カタツムリが姿を見せていた。木のトンネルから抜け出すと、その先からは空気がまるで違う。イトトンボは数を減らし、颯爽と飛び交うヤンマやサナエ系の大型トンボが見られるようになった。さっきから私の前をゆくのは、札幌の地名を付けられているモイワサナエであろうか・・。これらもまた、捕まえて観察でもしない限り明確な同定はできない。昆虫採集に明け暮れた虫取り少年時代に知ったこと、 「『昆虫』図鑑はアテにならない」。本気でその虫の名前を知りたくば、まずは捕獲。ルーペを用意して、その昆虫専門の本を読むこと。『昆虫図鑑』ではなく『トンボ図鑑』のようなものが必要ということだ。 視点を足元から木の上に移してみよう。アウトドアスポーツのBGMとなるのは、虫の声を凌いで昼も夜も鳥の囀りだ。低い声で唸っているのはキジバト。彼らは木の上よりも、下から飛び出してくることが多い。低い枝の上にピョンと飛び乗るのは、ハシブトガラ、そして喉元の赤いノビタキなどの可愛らしい小鳥。どこで釣りをしていても、葦の中から仕切りに聞こえてくるギチッという音。葦(ヨシ)を切るような音のため、声の主の名はヨシキリという。だが、これだけ聞こえてくるにも関わらず、その姿はなかなか見せてくれない。


 ほんの数十分散歩をしただけで、これほど多くの生物を見ることができる。昆虫だけで、いったい何目何種を目にしたのだろう。こんな身の回りだけで、動物というカテゴリだけで、不思議な物がたくさんある。昆虫というカテゴリだけでも、よく目にするのに名前のわからないやつがいる。あまり関わりの無いカタツムリなどの貝類は尚更。そして、普段から飽き飽きするほど釣っているウグイでさえも、見るだけではウグイか、エゾウグイか、マルタウグイか、或いはそのミックスなのか。見分けをつけるのは難しい。そんな底の尽きない世界の中で過ごす時間を、ここまで有意義に使えると、釣りをしていて良かったと思える。特に鯉釣りのような釣りをする人の特権だ・・・・。

 カタツムリをひっくり返して遊んでいるところに、Tadashiくんからの電話 「安田くん、アタってました。」 わぉ!カタツムリをひっくり返すのに夢中になっていて、アタリが来るかもしれないということをすっかり忘れていた。しかし気になるのはTadashiくんのこの一言 『アタってました。』 過去形・・? 「今はどうなってるの?」と聞き返すと、センサークリップを外されたものの、走られてはいないという。空アタリか、ウグイか、鯉である可能性も否定できない。とりあえず戻らなくてはいけないのだが・・ここどこ? 「今、かなり遠くにいるから、糸出てるようならメールして」 そう伝えて、私は9匹目のカタツムリをひっくりかえ・・・・・・・・本来の目的は釣りである。せめて10匹目を達成させたかったのだが、Tadashiくん達に迷惑もかけられないので釣り場に戻ることにする。サナエトンボが出てきた時点で楽しくなって、ずいぶんと遠くまで来てしまった。その分帰りが非常に面倒くさく、辛くなるということも忘れて。

 やっとのことで釣り場に戻り竿を見ると、Tadashiくんが伝えてくれた通りに、センサークリップが外されたまま静止状態になっていた。上げてみると、またしても大きなウグイが付いている。うむ・・・鯉のアタリは戻ってこないものか。まさかウグイの多さに圧されて入って来れなくなっているのでは・・・?と思ったが、そうでもないようだ。私がカタツムリをひっくり返している最中、Tadashiくんにアタリがあり、惜しくもラインブレイクしてしまったという。

 Tadashiくんにアタリがあったことで、一番期待しているラストチャンスまで、モチベーションを保ち続けられそうだ。エサ換えを機に、ここで投入点を少しずらしてみることにする。2番竿は変えずにこれまでのヒットポイントに入れるが、1番竿は少し遠めに投げて、川の流心へ入れてみることにした。このラインは夜間、ウグイが多発することで避けていたのだが、今となってはそれはどこも変わらないし、川の中心部や対岸近くでも鯉らしきモジリが見られる。少し目先を変えてみるのも悪くないだろう。



 夕マズメまでの時間も残り僅か。午後から雨が降るとされていた天気だが、今のところ降ってくる様子はない。まだ雲も薄いので、しばらくの間は心配ないだろう。ここまで目立った動きの無かったNoboruくんは、場所変えを決意し、私の下流に新たなスペースを作って釣りを再開した。しかし、UGUIマイスターと称される彼は、新しいポイントでの一投目からウグイを連発。もはやお決まりといったところだが、今回は際立ってウグイ釣りの才が鋭くなっていて、投入したそばから竿先が動き始めている。Noboruくんだから出来るキャスト時の独特な着水音が、程よくウグイの群れを反応させているようだ。寄せ無しのコーン1本針で、着水直後に大ウグイをヒットさせる技は鮮やか。これだけウグイがいるならば、逆に狙って釣れば大漁間違いなしと、私やTadashiくんもウキ仕掛けやルアータックルを出してみるが、Tadashiくんの述べ竿では10センチほどのウグイが10分に一度のペース。私のルアーでは、スプーンの1投目で20センチクラスが1匹釣れただけという具合で、Noburuくんのようにはいかなかった。伊達にウグイ王と呼ばれていない、彼は天下のウグイアングラーだ。


Noboru君 場所変え直後にウグイ両手持ち

 夕マズメ。とはいってもこの時期だから日が長いだけで、時間的にはもう夜になる。実釣開始から19時間が経過したが、依然鯉のアタリは戻ってこないままだ。各自、再び帽子にヘッドライトを装備して夜釣りスタイルに戻り、Tadashiくんのロッドポッドにはアラームのランプが点された。こっそりと私達に忍び寄るのは、釣り人のおこぼれを狙ったキツネ達。轍脇の茂みを照らしたライトの先に、2つの眼光がこちらを覗いている。魚の方は、昼間よりもかなり活性が上がってきているようで、いつヒットがあってもおかしくないといった状況だ。しかし時間制限もある。釣れそう、だけど釣れない。もう少し待てばきっと・・だが時間がない。朝から続いていたアタリが突然止まり、昼を経て、一番期待しているのがこの時間なのだ。帰るに帰れない。テントをたたみ、もうエサを作ることのないバケツを洗っては、竿を見て、丸めた寝袋を車に積んでは、竿を見る。ラストに一発あってもいいだろう。間の抜けた話に笑い合いながらも、こんな時の釣り人の目は鋭いものだ。竿周りの備品は少しずつバッグに収納されてゆく。こんな時に大きなアタリが出ることもある。しかしそんな釣り人の期待の方が大き過ぎることもある。今日は後者のようだ・・。空はもう真っ暗。ポツリポツリと雨も降り出し、遠くから聞こえた雷鳴を合図に、今回も終幕となった。

 こんな面持ちで竿を仕舞った時に考えてしまう。もし、このまま待ち続けていられれば・・もう一晩泊まることができたら、それはどんな釣りになっていたのだろう。そこで釣れる魚が大きいか、釣り人の期待だけが大きいか。現実はどちらでもある。しかし釣り人の心はいつでも前者なのだ。当たり前の事。だから、前者であるパラレルにいつか出会える (といいなぁ)



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